◉話題作、読んで観る?◉ 第21回「蜜蜂と遠雷」
監督・脚本・編集:石川慶/出演:松岡茉優 松坂桃李 森崎ウィン 鈴鹿央士 臼田あさ美 ブルゾンちえみ 福島リラ 眞島秀和 片桐はいり 光石研 平田満 アンジェイ・ヒラ 斉藤由貴 鹿賀丈史/配給:東宝
10月4日(金)より全国公開
▶︎映画オフィシャルサイトはこちら
直木賞と本屋大賞をダブル受賞した恩田陸の『蜜蜂と遠雷』を、『勝手にふるえてろ』『万引き家族』での演技が好評だった松岡茉優の主演作として実写化。3年に一度開かれるピアノコンクールに挑む若き演奏家たちを主人公に、クラシックの名曲をふんだんに盛り込んだ音楽ドラマとなっている。
青春もの、ファンタジー、ミステリーなど多彩なジャンルにわたる恩田作品だが、デビュー作『六番目の小夜子』は少年少女たちの間に言い伝えられる都市伝説、代表作『夜のピクニック』は高校の「歩行祭」、物語設定そのものが重要なモチーフとなっているものが少なくない。
『蜜蜂と遠雷』は若手ピアニストを対象にした国際コンクールが物語の舞台だ。コンクールに参加した若者たちが、一次審査、二次審査、本選を通して、お互いの才能を触発しあい、さらなる高みへと目覚めていく過程が描かれる。コンクールは若者たちの才能に順位をつけるという不条理なシステムだが、厳しい環境の中で、それでも才能が発露される瞬間に胸が躍る。
ひと際印象に残るのは、かつて天才少女と呼ばれたものの、挫折を経験した亜夜(松岡)が正式なピアノ教育を受けていない野生児・塵(鈴鹿央士)と月光を浴びながら連弾するシーン。純真な天才がもう一人の悩める天才を呼び覚まし、2人が生み出した音楽空間は時空さえも軽やかに飛び越えていく。音楽の神に愛された者だけが体験できる神聖な領域が、スクリーン上に映し出される。
恩田ファンを自任する松岡がトラウマを抱える天才ピアニストに成り切ってみせる一方、観客が感情移入しやすいのは年齢制限ギリギリでの出場となった明石役の松坂桃李だろう。神の領域には手が届かない明石だが、生活に根づいた彼の情感たっぷりな演奏には共感を覚えるはずだ。人を感動させるのは、決してテクニックだけではないことが分かる。
犯罪ミステリー『愚行録』が高く評価された石川慶監督とポーランド出身の撮影監督ピオトル・ニエミイスキが再びタッグを組み、独特な色調と乾いた映像美を披露している。邦画の枠に収まらないスケール感は、作品の世界観にもマッチしている。心地よいフィナーレも特筆したい。
(文/長野辰次)
〈「STORY BOX」2019年10月号掲載〉