週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.115 広島蔦屋書店 江藤宏樹さん
『半暮刻』
月村了衛
双葉社
まさか、このテーマとこのあらすじでこんなに胸を震わされるとは、こんなにも熱い涙を流すことになるとは思わなかった。読む前の印象と読んでいる途中の感情と読後感が全て大きく違う凄まじい一冊でした。
物語の始まりは、ふたりの主人公が、半グレの経営する会員制のバーに言葉巧みに女の子たちを落とし込むシーンから始まります。お金を使わせ借金を背負わせて、挙句の果てに風俗に売り払う、という仕事で、詐欺まがいのマニュアルに従って淡々と数字を稼ぎ出します。ふたりはその仕事でトップに近づいて行くのですが、そんな彼らにさらに凶悪な存在が近づいてきます。
というところがまずは導入部なのですが、そこからの展開がまた凄まじいのです。ここからはふたりの主人公それぞれにスポットライトを当てながら話が進みます。児童養護施設で育った元不良の翔太は会員制バーを辞めた後、自らの罪を背負ったまま生き続けるためにさらに大きな沼に足を踏み入れていきます。しかし、そんな時に彼はある女性に出会います。その女性が読んでいた本に興味を持ったことから、今までほとんど本を読んでこなかった翔太は海外の古典文学を読み漁り始めるのです。ここで示される本の力、本が持つ人を変える力に私は圧倒されてしまいました。私自身も本の持つ力を信じて今まで書店で働いてきました。その想いや今まで信じてきたことを肯定されたようで、私はこの場面でとにかく涙を流しました。本を信じてきて良かったと、そしてこれからも本を信じていこうと。
次にもう一人の主人公である海斗のパートもあります。ここでは、私達がなんとなくその存在を知っていながら、でもどうしようもないから、ということでスルーしてしまっている巨大な悪が描かれます。海斗もやはり罪を重ねていき悪といえる存在になっていくのですが、そんなものを大きく上回る悪の存在に私達はこの小説の中で直面させられてしまうのです。
まさに現実とオーバーラップする非常に読んでいて胸が悪くなるような酷い話です。個人が犯した罪は一生その人を縛る大きな重しとなりますが、どうやっても裁きの手が届かない巨大な悪もあるのです。
このふたりの主人公の生き方を通して、そして彼らも私も生きているこの現代社会の中で、一体何を感じればいいのか。正解などないのかもしれませんが、あなたもこの小説を読んで何かを感じてもらいたいと思っています。
あわせて読みたい本
『半グレ
―反社会勢力の実像―』
NHKスペシャル取材班
新潮社
半グレ、よく聞くワードではありますが、その実態はなかなか混沌としていて底がしれません。暴力団とは違い、その組織的な実体がないため、取り締まることも難しく、構成員も増えたり減ったり、また闇バイトで募集したりなので、警察としても掴みどころがないのです。この本では、当事者たちの声を集めた取材班の執念の取材の結果を知ることができます。半グレとは何者なのか、この本で知ってください。
おすすめの小学館文庫
『聖女か悪女』
真梨幸子
小学館文庫
『半暮刻』では悪い存在はだいたい男たちだったのですが、こちらは悪女の物語です。誰が本当の悪女なのか、最後の最後まで真実らしきものは覆され続けます。8人の惨殺死体の謎の鍵を握るのは誰なのか。そして『半暮刻』でも扱われていた、さらに巨大な悪の存在にまた私達は抵抗することができないのか。本当に悪いのは一体どんな存在なのか、私達はそこを見誤ってはいけません。