週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.17 丸善お茶の水店 沢田史郎さん

週末は書店へ行こう!

ガラスの海を渡る舟

『ガラスの海を渡る舟』
寺地はるな
PHP研究所

 里中道は、発達障害である。子どもの頃からみんなと同じ行動がとれず、先生には怒られ続け、クラスメイトには笑われ続けて大人になった。

 その妹、羽衣子は逆に、みんなと同じ自分に満足できない。《なにをやらされても平均的にこなせる。けれども突出したなにかをまだ持っていない》ことがコンプレックス。

 しかし、彼らの祖父は言う。《ひとりひとり違うという状態こそが『ふつう』なんや》。そして口にした呪文が、「シミラーバッノッザセイム」。Similar but not the same.――即ち、似てはいるけど、同じではない。

 

 その兄妹が、祖父のガラス工房を継ぐ。道25歳、羽衣子20歳。それから10年間、七転び八起きする彼らの姿に教えられたことは幾つもあるが、敢えて一つに絞るならこんな言い方になるだろうか。世間の賞賛を求めるよりも、頑張っている自分自身を、まずは自分が誉めてあげよう、と。

 

 以下、暫し脱線する。

 例えば『架空の犬と嘘をつく猫』では、主人公の山吹に祖母が問う。絵や音楽や漫画みたいな〝役に立たないもの〟が、全然ない世界なんてつまらないだろうと。そして《あんたは社会にとってなんの役にも立ってない子》と続けた後に、きっぱり言い切る。《でもそれは、山吹がこの世に存在しなくていい、という理由にはならんでしょう》。

 また『声の在りか』では、主人公が、小学四年生の息子から〈スキップ競争〉なる遊びを教えられる場面がある。《速い人が一等じゃないんだよ。いちばん楽しそうにスキップできた人が勝ちなんだよ。すごく難しいんだよ》と無邪気に笑う息子を見ながら、彼女は目頭を熱くする。《彼らはいつ知ったのだろう。勝ちの種類がひとつではないことを。前進する方法がひとつではないことを》。

 

 これぞ、寺地はるな! ダイバーシティだの個性尊重だのと言われても、何かのプロパガンダのようで喉につかえるが、寺地はるなの文章だと不思議と自然に飲み込める。そう感じるのは、僕だけではないだろう。

 

 閑話休題。

『ガラスの海を渡る舟』でも、自分の作品は人気が無いと落ち込む羽衣子が、師と仰ぐ繁實さんに諭されるシーンがある。才能やセンスなんていうぼんやりしたものに頼るな、と。ならば何を頼ればいいのかと問う羽衣子に、繁實さんは言葉を重ねる。《昨日も、おとついも、羽衣ちゃんはガラスに向き合った。その事実があるやないか》。そして、火傷だらけの羽衣子の手を見て、もう一言をそっと添える。《その手見たら、わかるで。羽衣ちゃんが今までずっとがんばってきたこと、ちゃんとわかる》。

 

 自分はずっと、そんなふうに肯定して貰いたかったんだ。そう気付いた羽衣子だが、でも――と、更に考える。《承認の言葉を周囲に求めるんじゃなくて、わたし自身が、わたしを認めてあげないと》と。そうして彼女は自分の脚ですっくと立って、自己否定の泥沼から這い上がる。

 

 さて、そこで。これからは僕たちも、世評に振り回されて自分を見失いそうになった時には、そっと呪文を唱えてみようじゃないか。シミラーバッノッザセイム、と。でなけりゃ、みんなでスキップ競争でもしてみるか(笑)。自分とみんなは、似ていて違うと確認するために。自分の存在意義は、世間ではなく自分が決める、と宣言するために。

 

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(2021年11月12日)

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