桜井美奈『盗んで食べて吐いても』

桜井美奈『盗んで食べて吐いても』

行き先のわからない旅


──小説を書くのは旅に出るようなものだ──

 そんな言葉を聞いたことはありませんが、実際に書いていると、旅に似ていると感じることがあります。

 私が小説を書くとき、まずはプロットを作ります。このプロット、普段は物語の設計図みたいなものと説明しますが、今回は、旅の行程表のようなものと捉えてみました。執筆はおおむね行程表通りに進みますが、たまに横道にそれたりもします。もっとも目的地は決まっているので、大きくは変わりません。せいぜい、予定では新幹線を利用するつもりだったのが、途中で在来線に変更して、やっぱりまた新幹線に戻って、くらいの感じで、終着地に到着します。

 だけど今回、『盗んで食べて吐いても』の執筆では、プロットの段階で物語の終着地を決めきれませんでした。デビュー前も含めれば20年以上小説を書いていますが、最後を決められなかったのは初めてです。理由はわかっています。私が主人公・早織のことを、どうしても理解しきれなかったから。早織は摂食障害で窃盗症を抱えていますが、私はそのどちらも経験したことがなかったからです。ただそんなことを言えば、私は夫も先生も殺したことはありませんし、死体と結婚したこともありません。でも、物語は書けました。となると、早織のことも書けないわけではないはず。

 それに小説を書き始めたころから作品の質はどうであれ、最後まで書けなかったことはほとんどありませんでした。行き先が決まらないまま、旅に出るのは不安ですが、いくら悩んでも終着地が決まりそうもなかったため、私は電車に飛び乗ることにしました。

 しかし、1章を書いても、早織がどう動くかつかむことができません。やっぱり見切り発車だったかな……そう考えながら担当さんと打ち合わせをすると、「わからなくてもいいんじゃないですか?」と言われました。これには驚きました。「わからない」ことを肯定してもらえるとは思わなかったからです。同時に、わからなくても書いていいんだ、と安心しました。

 考えてみれば作品を手にしてくれる読者さんもきっと、主人公のすべてを理解できないまま、ページをめくる方もいらっしゃるでしょう。そうであれば、私だって早織のすべてを理解していなくてもいいのかもしれない、と思いました。とはいえ、物語の最後はまだ決まっていません。この先どうなるのか。2章、3章を書きながらも、私はドキドキしています。目的地はどこだろう。どんな景色だろう。

 旅は順調なことばかりではありませんでしたが、終着地に広がる景色を見て、ここが私の望んでいた場所だとわかりました。もしかしたら、私は途中から早織と一緒に旅をしていたのかもしれません。なぜなら最後は、不思議なくらい自然と流れるように、物語の終着地が決まったからです。

 早織と私がどんな場所へ着き、どんな景色を見たのか。ぜひ『盗んで食べて吐いても』を読んで、確認していただければと思います。

  


桜井美奈(さくらい・みな)
2013年、第19回電撃小説大賞で大賞を受賞した『きじかくしの庭』でデビュー。他の著書に『嘘が見える僕は、素直な君に恋をした』『塀の中の美容室』『殺した夫が帰ってきました』『相続人はいっしょに暮らしてください』『私、死体と結婚します』『眼鏡屋 視鮮堂 優しい目の君に』『復讐の準備が整いました』などがある。

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盗んで食べて吐いても

『盗んで食べて吐いても』
著/桜井美奈

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