週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.98 元書店員 實山美穂さん

書店員さんコラム 實山美穂さん

『禍』書影

『禍』
小田雅久仁
新潮社
(7月12日発売予定)

 私の働いていた店が4月に閉店した、その数週間前に、私の元へ届いた小冊子。それは、この本の中の1編を収録したものでした。表紙に連なる、禍々しいコピーに惹かれ、読まずにはいられませんでした。読み終わっても、全編収録されたプルーフがもらえるわけでも、新刊配本を指定できるわけもないというのに、あらがえない魅力がありました。その後、先読みサイトの NetGalley で一早く全編を読むことができました。

『禍』を全編通して読んでみると、はじめに冊子を読んだときに持った印象とは異なりました。もう少しホラー色が強いと感じていました。でも容易に正体を明かそうとしない異様さが、つかめるようでつかめません。見てはいけないものを見てしまったという不安は残るのに、何かに追われるような切迫感で、読むことはやめられない。いったいなんなのか、いったい何を読まされているのか。言葉での説明が難しいですが、私にとって、今までとは違う読書体験となったことは間違いありません。

 著者の小田雅久仁さんは、1974年生まれ。2009年『増大派に告ぐ』で第21回日本ファンタジーノベル大賞を受賞。『本にだって雄と雌があります』で第3回Twitter文学賞国内編第1位を獲得。『残月記』は第43回吉川英治文学新人賞、第43回SF大賞を受賞し、2022年には本屋大賞にもノミネートされました。著者の第4作が今回の作品となります。寡作な作家にも見えますが、ひとつひとつが濃いです。

 第2作である、『本にだって雄と雌があります』という一風変わったタイトルは知っていましたが、私が著者の作品に初めて触れたのは、『残月記』が本屋大賞にノミネートされたときでした。ここで簡単に本屋大賞の投票のしくみを書いておきます。参加は書店員であれば、誰でも可能です。一次投票で1年間のオススメを3冊選び、レビューをつけて投票。その集計結果から、上位10作をノミネート作品として発表。二次投票は、一次投票に参加した書店員のみ参加できます。約1ヶ月で10作全てを読み、レビューをつけて、3冊のみに投票。集計後、1位を大賞とする。とある年は、ノミネート作が11点(冊数としては15冊)ありました。私は1冊しか読んでいなかったので、あの年ほど仕事中に本が読みたいと思ったときはありません。慣れてくると、これはノミネートに入りそうだから、読んでおこう(もしくは、あとでいいか)ということにもなりますが、書籍だけでも年間6万冊以上刊行しているので、どうしてもチェックできない作品も出てきてしまいます。私にとって、2021年に出た『残月記』はそういう作品の1つでした。

『残月記』を読んで、一番強烈に思ったのは、「この本の存在を教えてくれてありがとう」でした。ノミネート作品に選ばれていなければ、読んでいなかったに違いありません。そしてこの経緯があったからこそ、著者の名前に見覚えがあり、さらに『禍』を読もうというキッカケになったともいえます。誰が言い始めたのか、〝本の存在を知ったときが自分にとっての新刊〟という言葉があります。本には、出合うタイミング、読むタイミングがあります。人によって、必要なタイミング、読む回数も違ってきます。

 まだ小田雅久仁作品を読んだことがない方で、何かが起きることを期待しているようなら、『禍』がチャンスです。

 

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