アジア9都市アンソロジー『絶縁』ができるまで⑩
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ソウルはおそらく十度目くらいの編集かしわばらです。慣れたはずのこの場所も、コロナ禍以後ははじめてとあって、少し緊張していました。が、文学トンネの歓迎のおかげもあってすぐに街に、人に、馴染むことができました。やっぱりこの活気いいなぁ、と胸を高鳴らせつつ、9月23日の村田沙耶香さんとチョン・セランさんの対談日を迎えました。
朝9時半ごろ、村田さんが宿泊しているホテルに迎えに行くと、すでにロビーで待っておられました。脇には、明らかに読み込んだあとのある『絶縁』のゲラがありました。ソウル国際作家フェスティバル期間中はご自身の登壇に加え、韓国マスコミの取材を多く控えているなか、私たちのために万全の準備をしてくださったようです。
なんと村田さんは、韓国滞在は初めてみたいです。ソウルの印象など、よもやま話をしつつ、歩きながら取材会場に行きました。そこは文学トンネさんのグループが経営しているブックカフェとのこと。すでに文学トンネ一同がそろっていて、挨拶を交わしていると、セランさんが颯爽とやってきました。セランさんと村田さんはもちろん初対面なのですが、〝絶縁〟というテーマを土台に共に執筆していたからか、二人は自然に打ち解けていました。
さて、気になる対談の中身は、来年1月7日発売の文芸誌「文藝 2023年春季号」(河出書房新社)に全文掲載されますのでお楽しみに。――と、ここで終わらせたら、あんまりなので、雑誌に未収録の会話を一部紹介します。
司会:〝絶縁〟というテーマで執筆された本書の収録作品の中で、期待どおりだった、あるいは、意外だった小説はありましたか?
チョン:チベットのラシャムジャさんの「穴の中には雪蓮花が咲いている」を読んだとき、小説ならではの美しさに感動しました。まさしくこういう小説が読みたかった、という期待どおりの小説でした。
意外性があって面白かったのは、台湾の連明偉さんの「シェリスおばさんのアフタヌーンティー」。「アジア・アンソロジー」ということで、背景も当然アジアになるだろうと思っていたのですが、もっと遠い国を舞台に描かれたチャレンジングな作品です。
アルフィアン・サアットさんの「妻」は、一人増えたにもかかわらず〝絶縁〟が感じられて面白かったですね。
村田:私もラシャムジャさんの「穴の中には雪蓮花が咲いている」を挙げたいです。〝絶縁〟という言葉から、真っ暗な絶望を連想していたのですが、美しくて、その真っ暗な穴の中に花が咲いている。想像するだけでも涙が出そうな、そういう光景が自分に刻まれるような、魂の闇の中に咲いている花を物語にしたような……。悲しみだけではなく、なにかすごい力を感じる作品で印象的でした。闇が発光しているような、光のようなものを感じられるという意外性があり、それこそ想像以上のものでした。
中国の郝景芳さんの「ポジティブレンガ」は、私がふだん考えていることとすごくつながっているのですが、〝絶縁〟というテーマで出てくるとは思わなかった作品です。自分の小説の話で恐縮ですが、今、ちょうど長編小説でクリーンな感情、きれいな感情しか表現しなくなった人のことを書いているのですが、それが一人だけではなく、世界全体になったような作品。ネガティブ感情を失うことで途切れていくものがとても興味深い物語として表れていて、すごくインパクトがあり、深層心理を突かれるような、突き刺さるような作品でした。
村田さん、セランさん、お互いの作品についての講評も読み応え満点なので、ぜひ「文藝」をお読みください。
一つこぼれ話を。司会者は私が性別を混同していた文学トンネ編集者のキム・ヨンスさんが務めました。なんと彼は小説家としての顔もあって、文学賞も受賞経験もある方なのでした。キムさん、すみませんでした。
もう一つこぼれ話を。対談を終えて午後はフリータイムでした。せっかくなので、ソウル国際作家フェスティバルを覗いていると、キム・ヨンスさんから LINE があって、飲み会のお誘いがありました。その夜、私とかこ、キムさんの同僚で日本滞在経験のあるカンさん、四人でささやかな打ち上げをしました。
言葉は半分ぐらいしか通じなかったけど、スマホの翻訳アプリを稼働させながら、両国の文学談義に花を咲かせました。最終的に話題は、日本も韓国も出版不況だけどなんとか盛り上げたいよね、面白い本つくりたいよね、みたいな青臭い話に落ち着いていきました。
楽しい飲み会の最中、セランさんが対談終盤に発した言葉が、頭のなかをぐるぐる回っていました。
「この本がゴールではなく、はじまりであってほしいと思います」
いよいよ、本日発売です。読者の皆さんにとっても、この本がアジア文学への「はじまり」になってくれれば、編集者としても望外の喜びです。
最後に。わけのわからない企画を面白がってくださった作家の皆さん、どう進めばわからなくなった私たちを助けてくれた翻訳者の皆さん、この本に関わってくれた全てのかたへ、本当にありがとうございました!