週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.73 八重洲ブックセンター京急百貨店上大岡店 平井真実さん

目利き書店員のブックガイド 今週の担当 八重洲ブックセンター京急百貨店上大岡店 平井真実さん

 書店員になり、新刊を出したりフェアを考えたりする仕事だけではなく、作品のおすすめなど文章を提出する仕事も増えた。学生時代から国語の授業は得意だったし、話すことも大好きだったが読書感想文や日記など、頭にぐるぐるとたくさん浮かんでいることを文章として構築することが苦手であることにいつしか気づいた。そのため詩や短歌など、文章を極限までそぎ落とし心に響く言葉をシンプルに綴っている作品に惹かれ、その言葉を心の拠り所にしている。

 先日いつものように新刊を棚に出していると、ある作品に目が留まった。『ポエトリー・ドッグス』。表紙に絵が描かれており犬が背を向けお酒やグラスが並ぶ棚に今の私のように本を並べている。帯に「このバーでは、詩を、お出ししているのです 今夜も、いぬのマスターのおまかせで。」と書かれていた。

『ポエトリー・ドッグス』
斉藤 倫
講談社

 お酒も好きだしバーに行くのも好き。その上なんと詩まで出してくれるとは!最後のページをそっとめくってみると引用詩の索引があり、31篇の詩が載っていた。ランボー、ボードレール、大岡信、萩原朔太郎、宮沢賢治、室生犀星、富岡多恵子、石牟礼道子、T・S・エリオットなど。その日の退勤時にすぐさま購入して帰宅した。バーにでも寄って読もうかとも思ったが、温かい紅茶を入れ、BGMにクラシックを流しながら家でゆっくり静かに読むことにした。

 主人公の「ぼく」は、ようやくすぎゆく夏のうしろ姿が見えた、という夜にふらりとはいった3軒目のバーでグラスをふいている手がふさふさとしているいぬのバーテンダーと出会う。味がたしかなら、いぬがバーテンダーだからといってとやかくいうすじあいもない、と。ジンリッキーをたのんだ後に「きょうは、いかがします?」と聞くいぬのバーテンダー。「し、をお出ししているのです」と言われ「しって、あの、詩、ですか?お通しみたいに?」と驚きながらもあまりくわしくないので、なにかぼくにあいそうな詩をと頼むぼくに、いぬのバーテンダーがお酒のボトルと一緒に本が並んでいる壁一面の棚から一冊選びページを開いて差し出した詩は、「アレフレッド・プルーフロックの恋歌(T・S・エリオット)」だった。詩はむずかしいなあといいながらもマスターと一緒に会話をしながら詩を読んでいくぼく。おかわりをきかれ、お酒ではなく詩のおかわりと気づきたのむぼくに出してきてくれた本は「倫敦懸崖(大岡信)」だった。そこにはさきほど読んだエリオットの半生も書かれていた。

 作品は第一夜から第十五夜まで、一夜に2篇の詩といぬのマスターのちょっとしたお酒のうんちく、そして詩を題材にぼくとの会話が進んでいき、季節も移り変わっていく。ぼくの人生も少しずつ変化をしていき第十五夜では……。今度はこの本を持って静かな夜を散歩しながらバーに向かいたいと思う。

 

あわせて読みたい本

茨木のり子詩集

『茨木のり子詩集
谷川俊太郎/選
岩波文庫

 詩を解釈しようとすると途端に難しくなってしまうが、この作品の最後に書かれている小池昌代さんの「水音高く──解説に代えて」の冒頭「茨木のり子の詩を読むのに、構えはいらない。そこに差し出された作品を、素手で受け取り、素直に読んでみるに限る。」という一文に救われる。ただ読み、心を震わせるだけでいいのだと。自分の心が弱っているときに「自分の感受性くらい」を繰り返し読んでいる。「ぱさぱさに乾いてゆく心を ひとのせいにはするな みずから水やりを怠っておいて」強くも優しい言葉の数々に心がスッと前向きになる。

 

おすすめの小学館文庫

ラインマーカーズ

『ラインマーカーズ The Best of Homura Hiroshi
穂村 弘
小学館文庫

 私の名前がまみなので「手紙魔まみ」に惹かれて購入。穂村さんのことを皆がほむほむと呼んでいるので、私も作品を並べる時は勝手にほむほむの新刊積んどいたよとか親しげに呼んでいたが、実は初めてこの手紙魔まみにほむほむと出てくることを知る。作品を読めば読むほど短い言葉の中に情景が浮かび、短歌とはこんなにも自由なのかと驚く。「積み上げた本がブラインドの端をゆがませている部屋にめざめる」「冷蔵庫が息づく夜にお互いの本のページがめくられる音」自分の家のことかと錯覚してしまうほどである。

アジア9都市アンソロジー『絶縁』ができるまで⑩
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