◎編集者コラム◎『溺れる月』新野剛志
◎編集者コラム◎
『溺れる月』新野剛志
健康やダイエットのためにランニングをしているという方は多いのではないでしょうか。本作の主人公もそんな普通の市民ランナーでした。しかし、彼の運命は、走れば走るほどにおかしな方向へと進んでいってしまいます。
主人公・高木雅弘は所属するランニングサークルの仲間たちと行なっている「賭けレース」にハマっています。ある日、高木の元に「明日のレースには負けなさい。さもなければ、ひとが死にます」と書かれた脅迫状が届きます。しかも、翌日のレースで高木が勝つと、本当に走っていた公園で男の死体が発見されるのです。
ここまで読むと、「ああ、その殺人事件の犯人を見つけるミステリーね」と想像する方も多いと思いますが、物語はまったく予想もできない展開をみせていきます。断言します。絶対に予想できません。
そもそもランニングだけでなく、何かにハマった経験というのは、誰しも一度はあると思います。将棋や釣り、ギャンブル、グルメ、はたまたアイドルなどなど。普段は気付いていない欲望や快楽を知ってしまうと、人はそこから抜け出すことがなかなかできないものです。
だからこそ、ただ仲間とランニングを楽しんでいただけの平凡な公園ランナーである高木に起こることは、実は他人事ではないのかもしれません。そう考えて読むと、この小説、めちゃくちゃ怖いです!
著者の新野剛志さんは99年に『八月のマルクス』(講談社文庫)で江戸川乱歩賞を受賞しデビュー。本書の解説でミステリー評論家の吉野仁さんが、「新野剛志は世の中に存在しているけどよく見えていないものをこれまでも書いてきた」と書かれていますが、今作もその通り。この「見えていないもの」に高木が気付くシーンは衝撃で、その後は読んでいる間中、誰かに後ろから追われているようなスリルがずっとつきまとって離れません。
夜の公園を駆け抜けるような疾走感を味わえること間違いなしのランニングミステリーです。是非お楽しみください。