◎編集者コラム【特別版】◎ 『アップルと月の光とテイラーの選択』中濵ひびき 訳/竹内要江
◎編集者コラム【特別版】◎
『アップルと月の光とテイラーの選択』中濵ひびき 訳/竹内要江
『アップルと月の光とテイラーの選択』は、16歳の高校生作家・中濵ひびきさんの長篇デビュー作です。3歳から9歳までをロンドンで過ごし英語を母語とする彼女は、日本に帰国後、恩師の勧めで小説を書き始めました。そして2013年、11歳の時に英文で書き翻訳サイトで翻訳した短篇小説『ジョージとジョセフィーンとフィービースペンサースミスそして彼らの庭と冒険』で第8回「12歳の文学賞」最優秀賞を受賞。翌年には第9回同賞に『うさぎの瞳』他1作の短編2作を応募し、どちらも優秀賞を受賞しました。
審査員は当時、「文章もきらめくほどに美しかった」(あさのあつこさん)、「完成度の高さととてもこの年齢とは思えない博識や成熟が明らか」(石田衣良さん)、「言葉の豊かさ、表現の鋭さ、ものごとを見る力……どれも12歳の今しか書けないレベルを超えていた」(鵜飼哲夫さん)、「心の中に神様のいる人」(西原理恵子さん)と、その圧倒的な筆力に惜しみない賛辞を送りました。
今回の刊行に先駆けて本作を読んでいただいた方々からも、そのスケールの大きさ、鋭く繊細な表現力などに、驚きの声がたくさん寄せられています。ぜひ、本書を手に取って16歳とは思えない壮大な世界観を感じていただきたいと思います。
なお、「大学生になるまでは静かに暮らしたい」という本人の希望を尊重し、著者の本名や姿を公表することは控えています。が、刊行にあたって、彼女が小説を書くきっかけを作った恩師で歴史研究家の西村たくさんが文章を寄せてくれました。
この世界観を育んだ背景を、読者の皆さまにも知っていただければ幸いです。
小説『アップルと月の光とテイラーの選択』を読んで
「アップルの両目に太陽の光がやさしく降りそそぐと、そこに炎が燃え立ち、そよ風がさざめきを残して吹き抜けるのが見える。」(本書15頁)
「ママの両目から涙がこぼれ落ちた。わたしの手と月光が涙をそっとぬぐった。」(本書208頁)
心が震えるほど素敵なこれらの文章は、本書に散りばめられた繊細で美しい表現の一例だ。このような表現は、この小説に貫かれた優しさや、愛を感じさせるに充分なものであり、それにとどまらず、この小説は、時間を飛び越え、宇宙空間へと広がる壮大なドラマを読者にみさせてくれる。この小説の主人公テイラーは、時空を超えて、何人かの人生を経験する。それぞれの人生で出会った人や動物、生きとし生けるもの全てが、幾重にも重なり合いながら、テイラーの命に繋がっていく。
ともかく、その繊細な感性と壮大な物語の組み立てに驚かされたというのが正直な読後感である。「節度」ある「常識」にとらわれ、現世のしがらみに右往左往する「大人」にとって、この物語の展開は、予測をはるかに越えるものであろう。欲にまみれ、俗世間的な価値観にとらわれ、型通りの人生の成功を得るために、あくせくすることのむなしさに早く気づきなさいと、諭されているようでもある。
ひびきと私との出会いは、ある意味偶然であり、ある意味〈彼〉が導いた必然だったかもしれない。ひびきと初めて会った時の印象は、弱々しい、人を寄せ付けないような警戒心を持った子どもだなあというものであった。会った目的は、実は彼女をめぐる「いじめ」の問題を解決するためであった。
私と出会うまでのひびきの生い立ちについて少し触れておきたい。
彼女は日本で生まれ、3歳の時に家族の事情でイギリスへ渡った。
幼稚園、小学校と現地校に通う。当然、英語環境のなかで生活していたわけで、母語は日本語でなく、英語となった。
彼女は 2011年に9歳で日本に帰国した。東日本大震災の年である。そして、この年の9月に、英語教育を基礎とした特色ある教育方針とカリキュラムを持って創設された小学校に、新3年生として転校してきたのである。
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