◎編集者コラム◎ 『かちがらす 幕末の肥前佐賀』植松三十里

◎編集者コラム◎

『かちがらす 幕末の肥前佐賀』植松三十里


編集者コラム

 著者の植松三十里さんと佐賀とのつながりは、「あとがき」にも書かれているように深いものがあります。植松さんは、2002年に「九州さが大衆文学賞」の佳作に入り、翌年に作家デビューされました。その後、本書にも登場する反射炉づくりをテーマとした『黒鉄の志士たち』を発表します。そして、明治維新150年を迎える2018年に、改めて佐賀を舞台にした小説を佐賀新聞に連載することになり、主人公を藩主の鍋島直正にして本書を執筆されました。本書は、直正の見事な生涯を描いた長編小説です。

〈薩長土肥〉という言葉がありますが、幕末維新の肥前佐賀藩のことはあまり知られていません。本書から、佐賀藩がこの時期に果たした役割がよく見えてきます。江藤新平や大隈重信、副島種臣といった人物に比べ知名度は全国区ではありませんが、佐賀藩の偉業は直正が先頭に立って進めてきたことで、近代日本の礎を作ったとも言えるのです。

 直正は、日本を欧米列強の属国にしないために、最新の科学技術で軍事力を近代化しようとします。そのため、反射炉の建設、鉄製大砲の鋳造、蒸気船の建造といった事業に幅広い人材を登用しながら挑戦していきます。そして直正は、幕府側と倒幕派との内乱は回避すべきという思いを伝えていきます。さらには、欧米諸国と攘夷を叫ぶ諸藩が戦火を交える中、徳川慶喜との会見に臨んで新しい時代への決断を促すのです。

 文庫化にあたり、「週刊朝日」で司馬遼太郎さんの『街道をゆく』の担当をされていた村田重俊さんに解説原稿をいただきました。司馬さんが短編「肥前の妖怪」で鍋島直正を描いていて、両作品を比較して作風の違いを述べています。

 個人的な思いですが、植松作品の魅力のひとつは、会話の素晴らしさでしょう。本書でも、鉄の鋳立てに何度も挑戦する技術者たちとのやり取りや、徳川慶喜との会見、晩年病床に伏していた直正と古川松根との会話など、胸が熱くなります。

 もうひとつの魅力は、家族や家庭への思いです。直正は、疱瘡の予防には種痘がいいと知り、周りを説得していち早く幼い子息の淳一郎に受けさせます。また、江戸にいる正室のお盛が病に倒れたときは、みだりに江戸に駆けつけられない大名の悲哀を描いています。

 単行本発刊時に佐賀で行われたシンポジウムに出席された陣内孝則さん(俳優・ミュージシャン)の、「(直正の)この先見力と今こそ学ぶべきリーダー像に感動しました」というコメントが、本書の魅力を端的に伝えてくれます。

──『かちがらす 幕末の肥前佐賀』担当者より

かちがらす 幕末の肥前佐賀

『かちがらす 幕末の肥前佐賀』
植松三十里

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