◎編集者コラム◎ 『私はいったい、何と闘っているのか』つぶやきシロー

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『私はいったい、何と闘っているのか』つぶやきシロー


 頭のなかでいろいろと考えすぎて空回りしてしまう。そんな状態に大なり小なり陥ったことは、誰にでも経験のあるはず。

 この小説『私はいったい、何と闘っているのか』の主人公・井澤春男、45歳もそんな妄想スペシャリストといってもよい人物だ。

 作者のつぶやきシローさんは、つぶやき芸の極北を行く芸人さんで、Twitter のフォロワーは約100万人。来る日も来る日も、あるあるなつぶやきネタをひたすら140字の世界に投下し続けている、ある意味狂気のつぶやき職人といえる方。

 そんなつぶやきさんの頭の中を体現したかのような主人公・春男の頭を少し覗いてみる。出勤前の朝の食卓の風景。働いているスーパーでマヨネーズが特売になるので今日はそれを買って来てほしい、と妻から頼まれた春男は、みそ汁を飲みながら「ん」とだけ短く答える。

 

 みそ汁の具は何が好き? なんて話になると、たいてい豆腐、ワカメ、あさり、 大根などが上位にランキングされるが、私は断然なめこのみそ汁だ。なめこの、あのとろとろ感というかぬるぬる感がたまらない。早く飲みたいのだが、なめこは熱い。このじらしもたまらない。人間の朝の喧騒をあざ笑うかのように、ゆっくりと喉元を通過して行く。朝は女房や子供たちもバタバタしている。そんな中、なめこのみそ汁を飲んでいる時は、自分だけ違う空間にいるような、アインシュタインの相対性理論ってこんなことを言っているんだっけ、なんて朝から呑気なことを考えながら、自分の時間を大好きななめこのみそ汁とともに楽しんでいたのだ。そんな時にお使いをたのまれたものだから、私はちょっとだけイラッとした。

 

 おそらく、この間、0.8秒くらいの時間しか流れていないはずだ。そんな描写は小説でこそ成り立つと思うのだが、なんとこの12月に映画化される。

 主演・安田顕さんが春男を怪演されているのだが、ぜひ小説、映画双方の「わたたた」を楽しんでいただきたい。

──『私はいったい、何と闘っているのか』担当者より

私はいったい、何と闘っているのか

『私はいったい、何と闘っているのか』
つぶやきシロー

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