◉話題作、読んで観る?◉ 第45回「私はいったい、何と闘っているのか」
12月17日(金)よりロードショー公開
映画オフィシャルサイト
お笑い芸人のつぶやきシローが2016年に刊行した同名小説の映画化。一家の大黒柱として働く中年男性の空回りしがちな日常生活を、コミカルに描いたホームドラマとなっている。
主人公の春男(安田顕)はスーパーマーケットの万年主任。40歳を過ぎても店長になれずにいるが、上田店長(伊集院光)から「春男はこの店の司令塔だ」と信頼されていることが密かな自慢だった。周囲からも次の店長候補と噂され、ついつい張り切ってしまう。だが、春男の思惑とは裏腹に、予期せぬトラブルが押し寄せることに。
つぶやきシロー原作だけあって、平凡な小市民の「あるあるネタ」が積み重ねられていく。少年野球で万年補欠の長男のために、春男はユニークな差し入れを用意して大失敗。長女が自宅に連れてきた恋人の前では、父親の威厳を見せようとして思いっきりスベってしまう。春男の脳内妄想と現実とのギャップに哀愁が漂う。
李闘士男監督と安田がタッグを組んだ前作『家に帰ると妻が必ず死んだふりをしています。』と同様に、物語前半はコントタッチで演出されている。春男のひとり語りの多さも含めて、好き嫌いが分かれるところだろう。
冴えないダメ男にしか見えなかった春男だが、実はワケあり一家を支える頼もしい存在であることが次第に明かされていく。妻の律子(小池栄子)たち家族は、春男が一家の重要な司令塔であり、不格好ながらも努力を重ねる姿勢を認めている。生活を共にする妻や子どもたちのさりげない思いやりが、春男の活力源となっている。
損な役回りを進んで引き受ける春男の人柄がいちばん現れるのは、物語後半で描かれる沖縄パート。たまたま乗り合わせたタクシーの運転手(伊藤ふみお)に、春男はバックミラー越しに娘たちを紹介する。父親としての自負が込められたこのシーンには、思わずホロリとさせられる。
映画では職場のエピソードはかなり割愛されているので、人目につかないところで汗を流す春男のことが気になった人は、ぜひ原作小説も手に取ってみてほしい。社会も家庭も、春男のような縁の下の力持ちがいるからこそ回っていることを痛感させられる。
(文/長野辰次)
〈「STORY BOX」2022年1月号掲載〉