◎編集者コラム◎ 『パンダモニウム!』ジェイムズ・グールド゠ボーン 訳/関根光宏

◎編集者コラム◎

『パンダモニウム!』ジェイムズ・グールド゠ボーン 訳/関根光宏


パンダのぬいぐるみと見本

『雨に唄えば』『サタデー・ナイト・フィーバー』『フラッシュダンス』『フットルース』『ダーティ・ダンシング』『リトル・ダンサー』『世界にひとつのプレイバック』『ラ・ラ・ランド』……。これらの映画の共通点、おわかりでしょうか? そう、「ダンス」です。

 一昨年にイギリスで発表された話題のハートフル小説『パンダモニウム!』には、これらの映画が登場します。ダンスが好きな方、ちょっと興味がわきませんか? そんな方はもちろん、「えーダンス……?(眉間に皺)」というあなたにこそぜひ! 本作を強くお薦めしたい。なぜなら本書の主人公がまさにそんなタイプだったのに、後にすっかりダンスにはまってしまうのだから。

 舞台はロンドン。28歳のシングルファーザー・ダニーは人生の崖っぷちにいました。親に捨てられ孤独な少年だったダニーは、高校で出会ったリズと恋に落ち周囲の反対を押し切って10代で結婚。息子ウィルにも恵まれ慎ましくも幸せな日々を送っていたのですが、1年前にリズが交通事故で亡くなり、車に同乗していたウィルはその日から一言も喋らなくなりました。心を閉ざした息子、さらに建設現場の仕事も突然クビになり、リズとの思い出が詰まった家から立ち退きの危機に。そんな人生最悪の時に彼は公園でユニークなパフォーマーたちを見かけます。「自分にも出来そう」。軽はずみにも中古のパンダの着ぐるみを買い取り、ダンス未経験にもかかわらず「踊るパンダ」として日銭を稼ごうと目論みます。案の定、お客はまったく集まらない。それでも、賞金1万ポンドの大道芸人コンテストの開催を知ったダニーは、偶然出会ったポールダンサーのクリスタルに指導を頼み込み、無謀にも人生の一発逆転を賭けてダンスの猛特訓を始める……。

 息子のウィルには失職のこともパンダのことも秘密。だからウィルが寝た後に、クリスタルに課題として出されたダンス映画を観て研究をするダニー。実は妻のリズはダンスが得意でダンス映画も大好きだったのに、一緒に観ようと誘われても恥ずかしがってまともに観なかった。そんなダニーがリズのこよなく愛した『ダーティ・ダンシング』を初めて観る場面を、少しだけ引用しますね。

 感想を書き留めようとビデオを巻き戻すたびに、リズに謝った。(中略)リズからダンスに誘われても、いつも頑固に断っていたことを思い出して涙を流した。リズがダンスを楽しんでいるのに、いつも一人で踊らせていたことを思い出して涙が止まらなかった。ダンスフロアの真ん中で見知らぬ人に囲まれながら踊るリズ。それを傍観していた自分。そのときのリズの姿を想像すると、胸が張り裂けそうだ。リズを笑顔にするより、自分が恥をかかないことを優先していたのだ。

 
 そんな、ダメダメだけれど心優しいダニーがやがてダンスに夢中になり、少しずつ人生を建て直そうとする様子と、愛する人を喪い時間が止まってしまった親子が、すれ違いぶつかり合いながらも寄り添い立ち上がろうとする不器用な姿に、私も何度泣かされたことか。貧困や移民問題、いじめといった重いテーマも「これぞイギリス!」というブラックユーモアがスパイスになり、噴き出してしまうこともたびたび。そして躍動感溢れるクライマックス。ダンスが好きな人も苦手な人もきっとテンションが上がり、読後は温かく晴れやかな気持ちになっていただけるのではないでしょうか。こんな制限の多い時代だからこそ、小説で泣いたり笑ったりドキドキしたり、そう、読者の皆さまの心がダンスを踊るように開放されますように。そう願っています。

──『パンダモニウム!』担当者より

パンダモニウム!

『パンダモニウム!』
ジェイムズ・グールド゠ボーン 訳/関根光宏

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