◎編集者コラム◎ 『いつでも母と 自宅でママを看取るまで』山口恵以子

◎編集者コラム◎

『いつでも母と 自宅でママを看取るまで』山口恵以子


 山口恵以子さんに、本書のもとになる女性セブンでの連載を依頼するべくお目にかかったのは2019年1月4日のこと。いつも打合せに使っているという喫茶店はまだ正月休み中で、その並びにあるケンタッキーフライドチキンでお話ししました。当時、山口さんは連日、刻々と変わるお母様の病状を Twitter で書いていらっしゃいました。18年の年末に、看取りのためにお母様を病院から家に引き取ったという文面を読んだ私は、お母様との最期の日々を、リアルタイムで日記のように書いてほしいとお願いしました。山口さんは二つ返事で承諾し、母はもう明日にも亡くなるかもしれないので、母が亡くなったらすぐに連載を始めさせてほしい、と提案してくださいました。大変な時期にこんなお願いをしたら怒られても当然、とおっかなびっくりしながらの依頼を、迷うことなく二つ返事で引き受けて下さった(ように私には見えた)山口さんに驚きつつ、なんとその場で「母を家で看取りました」という連載タイトルまで決めて帰ったのです。若いカップルで賑わう華やかなお正月気分の店内で、不穏な言葉が飛び交う2人は周囲からどんな風に見えただろうと、帰り道に思ったことを憶えています。

 その時の思いについて、山口さんは「おわりに」でこう綴っています。

 そんな時にもかかわらず、いえ、むしろそんな時だったからこそ、私は依頼を承る決心をしました。母がこの世を旅立ったあと、それまで二人で過ごして来た日々、六十年間の間に二人が出遭った様々な出来事を思い出し、文字に書き留めて行けば、それは消えることなく私の記憶に留まるだろう……そう思ったからです。

 

 お母様が亡くなったのはそれから14日後の1月18日。山口さんは打合せ時の言葉通り、その翌日から本書の執筆を始めました。そして葬儀のこと、お墓のこと……お母様が亡くなり、悲しみに浸る中で迫り来る折々のリアルタイムの出来事と、お母様が認知症を発症した十数年前から現在までを振り返って書いて下さっています。
 ただ、そこは山口さんのこと、悲しいだけの記録ではありません。いつか誰しも立ち会うことになるかもしれない〝その時〟に役立つ実用的な情報とともに、山口さんがお母様と過ごした幸せな記憶がたくさん綴られていて、読むうちに、大切な人を喪った悲しみのなかにも、頬が緩んでいる自分に気付かれることが何度もあるはずです。

 文庫化に当たっては、桜木紫乃さんの解説(山口さんへの親愛の情が籠もっていてとても素敵なんです!)、お母様の主治医で在宅医の山中光茂さんとの対談(在宅医療の実態と看取りの注意点がよく分かります!)、山口さんの書き下ろしエッセイ(お母様が亡くなって4年目の感慨とは!)、山口さんとお母様のお写真(幼い頃の山口さんのかわいいこと!)を新たに掲載しています。ぜひ大切な人とお読み頂けたらと思っています。

──『いつでも母と 自宅でママを看取るまで』担当者より

いつでも母と 自宅でママを看取るまで

『いつでも母と 自宅でママを看取るまで』
山口恵以子

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