◎編集者コラム◎ 『壜のなかの永遠』ジェス・キッド 訳/木下淳子
◎編集者コラム◎
『壜のなかの永遠』ジェス・キッド 訳/木下淳子
突然ですが、アイルランドの人魚伝説って知ってますか?
「メロウ」と呼ばれ、民話・伝承に登場する存在で、上半身は人間、下半身は魚という点ではアンデルセン童話やディズニー映画に登場するマーメイドと同じ。ただ、女のメロウは人間の男と恋をして結婚することもある一方で、獰猛な面もあり、時に男を破滅させる力も発揮すると伝えられます。そういう意味では読者の皆さまが想像する「人魚」とはちょっと違うかもしれません。
本作『壜のなかの永遠』は19世紀のロンドンを舞台に、このメロウ伝説を描いたゴシックファンタジーテイストのミステリ小説です。
主人公はロンドン市内で探偵と外科医の看板を掲げる、謎多き寡婦ブライディ。女性の探偵や医者は珍しい時代に、コルセットを着けず、ダサいボンネット姿で街を歩きまわり、パイプを吹かし、酒にはめっぽう強く、捜査のためには男装して女性禁制の場所に潜入してしまうという、なかなかに強烈なキャラです。そんな彼女が、ある貴族の館から失踪した少女の捜索依頼を受け、その直前に彼女の目の前に突然現れた、これまた謎だらけのボクサーの幽霊と一緒になって行方を追う……というストーリー。
冒頭で、誘拐されたと思しき少女が描写されます。ここで本作の雰囲気を感じて頂けると思うので、少し引用を。
少女は美しい。
美しいという言葉以上だ。まるで、教会の中庭にある大理石の天使のように、長い髪が象牙色にうねっている。青白い瞳は石のように表情がないが、ただの石ではない。真珠だ。微かに色づき、柔らかな輝きを放つ海の宝石。
彼は手を伸ばして少女に触れる。そっと頰を撫で、小さな細いあごを指で持ちあげる。ゆるくカールした青白い髪が風にあおられ、彼の指に巻きつく。
少女には二本の脚はあるものの、美しい口の中には尖った歯、そして何よりも、「彼」の心を一瞬にしてかき乱す不思議な力があるようです。この少女は果たして「メロウ」なのか――そんな物語全体を牽引する幻想的な謎がプロローグで提示されたかと思うと、一転、ブライディが闊歩する産業革命後のロンドンの、賑やかで混沌とした描写にも惹き込まれます。謎を追うブライディと彼女の秘められた過去、ボクサーの幽霊の正体、そして少女誘拐の真犯人……。
ファンタジーでありながら推理小説としても愉しめる、一粒で二度美味しい作品です。ちなみに私は最初に原稿を読んだ時、木の箱に入れられて運ばれる鋭い歯を持つ少女に、どこか『鬼滅の刃』の禰豆子ちゃんを重ねてしまいました。翻訳歴史小説ではありますが、そんなコミック作品のテイストもそこはかとなく漂っています。外国の小説はちょっと……という方にも、ぜひ手に取って頂きたい一冊です。
──『壜のなかの永遠』担当者より
『壜のなかの永遠』
ジェス・キッド 訳/木下淳子