◎編集者コラム◎ 『メイド・イン・オキュパイド・ジャパン』小坂一也

◎編集者コラム◎

『メイド・イン・オキュパイド・ジャパン』小坂一也


「メイド・イン・オキュパイド・ジャパン」編集者コラム
本文中に和田誠の挿画16点を収録。装丁も和田誠。(和田さんのイラストレーションを5点だけご紹介)

 かつて一世を風靡した歌手「小坂一也」と聞いても戦後すぐ生まれの高齢者以外には馴染みのない名前かもしれません。でも1950年代の終わりから90年代にかけては俳優としても活躍しましたから、その甘いマスクをご存じの若い読者も少なくないはず。まず、彼のプロフィールをご紹介しましょう。

小坂一也(こさか・かずや) 
1935(昭和10年)~1997年(平成9年)
《小学校から高校まで成城学園で学ぶ。米軍占領下の日本で、音楽に魅せられた若者は、高校在学中から進駐軍まわりのバンドに入り演奏。1952年カントリー&ウェスタンの人気バンド〈ワゴン・マスターズ〉にボーカルとして参加。54年「ワゴン・マスター」でレコードデビュー。ロカビリーの歌手としてアイドル的な人気を集めヒットを連発。エルヴィス・プレスリーのカバー「ハートブレイク・ホテル」が大ヒットして和製プレスリーと呼ばれて不動の人気歌手となった。他のヒット曲に「青春サイクリング」などがある。58年松竹と契約し、本格的俳優へ転身。木下恵介監督の「この天の虹」の演技で注目され映画・舞台・テレビドラマに数多く出演。主な出演映画に「細雪」(1883)「マルサの女」(1987)「失楽園」(1997)など。享年62。》

  

 この本のタイトルについてもひと言。

 敗戦後の「占領下の日本」で民間貿易が再開された1947年からサンフランシスコ講和条約が発効した52年まで、日本からの輸出品には「MADE IN OCCUPIDE JAPAN」の刻印を打たなければならなかった。そんな時代に青春の日々を生きた著者は〈メイド・イン・オキュパイド・ジャパン〉の申し子の一人なのだ。

 この本には、何よりも占領下日本の奇妙な明るさがある。かつての敵国に憧れ、アメリカ文化を貪欲に飲み込む若者の生き方が見事に描かれる。しかし、最終章の旅芸人一座の老人との出会いで、そんな青春の光が暗転するシーンはとりわけ胸を打つ。この自伝は明るいだけではないのだ。

 1990年初刊の名著が時を超えて待望の復活!

──『メイド・イン・オキュパイド・ジャパン』担当者より

メイド・イン・オキュパイド・ジャパン

『メイド・イン・オキュパイド・ジャパン』
小坂一也

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