週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.72 大盛堂書店 山本 亮さん
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- メイド・イン・オキュパイド・ジャパン
- 一木けい
- 二村ヒトシ
- 小坂一也
- 小学館文庫
- 山本亮
- 悪と無垢
- 書店員コラム
- 深夜、生命線をそっと足す
- 燃え殻
- 目利き書店員のブックガイド
ちょっとしたタイミングで運命的に出会ってしまった人の存在、普段意識をしていなくても、もしかしたら誰でも心当たりがあるのではないだろうか。恋愛や友情を通じて掛け替えのない人、もしくは自分にとって都合の良い人、羅針盤のようにこれからの生き方を示してくれる人。色々いるだろうけど、その人が自分の大切な心の中へ踏み込んできたとしたら? それも人生を壊してしまうようなレベルで……。
一木けいは『1ミリの後悔もない、はずがない』(新潮文庫)、『9月9日9時9分』(小学館)など、若年層を主人公に鮮やかに印象的な光景を描くことが多い小説家だ。だがこれから紹介する『悪と無垢』を読んで良い意味で裏切られた。著者はなぜあえて今、他人の感情を狂わして生き方をも変えてしまう「悪女」を描いたのだろうか、と。
『悪と無垢』
一木けい
KADOKAWA
主人公の英利子は人目を惹く容姿を持ち、誰にでもフランクで話術も巧みな女性だ。報われない家庭生活から脱して別の恋愛を求める女性、一時の性愛にはまる女性、また十代の多感な時期を過ごす少女と少年、そして彼女の娘や息子といった肉親。様々な環境でそれぞれの日常を過ごす登場人物たちの前に、なぜか前からそこにいるかのように登場する英利子は、不穏な空気をまとい言葉巧みに相手の満たされない心の隙間へ入り搦め取り、甘美だけど引き返せない中毒になりそうな方へ引き込んでいく。そんな逃れられない人生の恐ろしさに出会ってしまったのは偶然なのだろうか、それとも必然なのだろうか。しかし一番恐ろしいのは、天真爛漫に振る舞い無意識に嘘をつき人間関係を破綻させて、関わる全ての人々を支配してしまう英利子、その人なのだった。
英利子の生き方を読んでいると、散々な目に遭わされもう二度と関わりたくない人物にも思える。しかし関わりを持った女性のひとりは、彼女のこれからの人生についてそっとこう漏らす。「うん、覗いてみたい。でも、何があっても彼女の視界には入りたくないです。遠く離れたところから、私だけが、彼女を見る。彼女には気づかれないように」。
全ての人が納得できる幸せと人との関わり方なんて無いのだろうか。やはり人生はつくづくままならないものだと思う。それでも著者は人生における辻褄の合わない偶然と必然の不可思議さを、コントロール不能な「覗き見たい」という感情を、冷静に、時には作家として書かなくてはいられない熱気を帯びさせて描き切った。ぜひ一木けいという作家の新たな世界観を堪能して欲しい。
あわせて読みたい本
『深夜、生命線をそっと足す』
燃え殻、二村ヒトシ
マガジンハウス
〝偶然という必然〟という章で、二村ヒトシはこう呟く。「人生って理詰めじゃなくて、ゴロっと転がってるなって思うんだ。」その二村と燃え殻二人きりのぼそぼそと漏らし合う掛け合いがとにかく素晴らしい。心へやんわりと響く彼らの言葉の群れが似合うのは、あまねく光が当たる昼間より、全ての境目が溶けてなくなる深夜なのだろう。忘れられない傷を抱えても生き続ける人達にとって、とても染みる本だ。
おすすめの小学館文庫
『メイド・イン・オキュパイド・ジャパン』
小坂一也
小学館文庫
敗戦後の混乱期、音楽を通じてチャンスを掴もうとするミュージシャンの世界を、絶妙で軽妙なリズム感のある文章によってぐいぐい読ませるエッセイ。先行きが不安でもなんとかなるさの精神で楽しく暮らし、占領軍の基地や市中のクラブで演奏し続ける様子に、思わず笑みを浮かべてしまうのは自分だけではないはず。そしてそんな熱いエネルギーに元気づけられるのは、今も昔も変わらないのだろう。