◎編集者コラム◎ 『道をたずねる』平岡陽明
◎編集者コラム◎
『道をたずねる』平岡陽明
2016年、デビュー作『ライオンズ、1958。』を「週刊ポスト」の著者インタビューで紹介させて頂いたことから、平岡陽明さんとのお付き合いが始まった。このデビュー作が本当に面白く、社内でも評判になっていたため、トントン拍子に連載が決まった……まではよかった。
いざ何を書いてもらおうかという段になって、編集長から題材に対して全くOKが出ない。「チンパンジーの研究者」「風俗店を経営する生臭坊主」「昭和男のコンサル会社」……。これらは鬼の編集長から「全然ダメ」「つまらない」と言われ、あえなくボツとなったテーマのごくごく一部である。改めて並べて見るとどれも面白そうに思えるのだが(こんなことを書いたら「お前はまだそんなことを言ってるのか」とまた怒られるかもしれない)、とにもかくにも、当時、私たちは毎週会っては「これはどうだ!」「こっちはどうだ!」と意見を出し合う日々を送っていた。そんな中で出てきた題材が「地図」だった。
ゼンリンという会社がある。もちろん、知っている方も大勢いるだろう。この会社が作る「住宅地図」は調査員と呼ばれる人たちが日本全国を歩き周り、一戸ずつ表札を書き留めていくことで完成したものだ。その改訂作業は現在も多くの調査員によって行なわれている。言ってみれば伊能忠敬がいっぱいいるみたいなものだ。こんな会社、他にはない。
平岡さんと社史を読み、調査員の方の話を聞き、北九州市にある地図の資料館(現ZENRIN MUSEUM)を訪ね、『道をたずねる』のプロットができあがっていった。人が実際に日本中を歩いて地図を作っていったのだ。面白いエピソードがないわけがない。平岡さんはそれらのエピソードを物語の中で丁寧かつ効果的に入れ込んでいってくれた。どんな逸話があるのかは読んで楽しんで頂ければと思う。
かつて一家に一冊、車に一冊と日本の高度経済成長期において地図は欠かせないものだった。現在、Google Mapsなどの普及で紙の地図を目にすることは減ったかもしれない。しかし、日本全国の地図を作ろうとした人たちの情熱までもが色褪せることはないはずだ。 この小説は、合理性や実用性ばかりが重視される現代で置き去りにされがちな、大切な「何か」を思い起こさせてくれる一冊だと思う。
──『道をたずねる』担当者より
『道をたずねる』
平岡陽明