平岡陽明著『ライオンズ、1958。』が描く男達の人情物語。著者にインタビュー!

終戦間もない博多の街を舞台に、男達の友情・人情にあふれた物語が展開されます。野球が戦後最大の娯楽だった時代の躍動感をそのままに、実在の選手を絡めながら、人々の思いを繋ぐ温かいストーリーに引き込まれる一作。創作の背景を、著者にインタビュー!

【ポスト・ブック・レビュー 著者に訊け!】

戦後13年目の博多を舞台に自らの「生き方」を貫いた男たちの人情物語

『ライオンズ、1958。』
ライオンズ書影
角川春樹事務所 1600円+税
装丁/片岡忠彦 装画/田地川じゅん

平岡陽明
著者_平岡陽明_

●ひらおか・ようめい 1977年横浜生まれ。慶應義塾大学文学部卒。慶應志木高校硬式野球部では内野手。角川春樹事務所や吉本興業出版部等を経て13年「松田さんの181日」で第93回オール讀物新人賞を受賞。本書は初長編。「博多には特に縁はないんですが、妻が大分出身で、九大出身の義父は大変な語学通。『君の考える博多弁は大分弁が混じっている。僕が後で添削するから思う存分書きなさい』と言ってくれた頼もしい人です」。174㌢、68㌔、B型。

昭和33年の西鉄も実在する選手たちも時代小説だと考え自由に活躍させました

1番センター高倉、2番ショート豊田、3番サード中西、4番ライト大下、5番レフト関口、6番ファースト河野、7番セカンド仰木、8番キャッチャー和田。
今見ても惚れ惚れするような〈流線型打線〉である。投手陣も稲尾和久らが大活躍し、56~58年には名将・三原脩監督の下、3年連続の日本一に輝いた西鉄ライオンズは、福岡市民の夢を体現する〈野武士軍団〉として、絶大な人気を誇った。
『ライオンズ、1958。』は、西鉄黄金期に沸く昭和33年の博多を舞台に、虚々実々の人間模様を活写した平岡陽明氏のデビュー作だ。主人公は地元紙の西鉄番記者〈木屋きや〉と、〈博一はくいち会〉に籍を置く土建屋の〈田宮〉。2人は中洲の娼妓と出奔した二軍選手〈川内〉の始末を巡って出会い、後に兄弟と呼び合うほど絆を深める。
大下や稲尾らも脇を固め、往年のファンには堪らないが、なぜ今、西鉄なのか?

「元々は僕がオール讀物の新人賞を取った後、角川春樹社長から『小説の背景たりうるスポーツは唯一、野球だと思う。どうだ、野球小説で時代を書き切ってみないか?』と言われまして。
僕は高校も硬式野球部で、昔から野球漬けだったんですけど、野球が娯楽の王様で夢を託せた時代となると、巨人のV9か西鉄の3連覇しか思いつかない。そこで、以前取材したことがあった豊田泰光さんの当時の話が破天荒すぎて記事に書けなかったこともあり、『西鉄はどうですか』と言うと『おう、俺もそのつもりだった』って(笑い)。
ただ西鉄はキャラもエピソードも面白すぎますから、事実に負けないドラマを書こうと、本当に必死でした」
一口にヤクザといっても、南方から復員後、自堕落な日々を送り、昔気質の博徒〈洲之内〉に拾われた田宮の任 道は、〈筋が通っているかいないか〉等々、〈明確な二分法〉で成立していた。例えば中洲の娼妓〈双葉〉と逃げた西鉄選手の1件だ。彼は兄貴筋の〈中山〉から捜索を一任され、川内と親しい木屋に協力を強要するが、堅気相手の仕事だけに気乗りはしないのである。
一方木屋は川内の才能に高校時代から注目していたが、東筑の仰木が正二塁手に抜 される一方、川内は二軍で燻っていた。当時西鉄選手の溜まり場といえば中洲。結果、川内は双葉と恋仲になり、子までなしてしまったのだ。
木屋はまず、この状況を学生ボランティアで通った百道の孤児院にいる双葉の弟〈ケン坊〉に伝えに行く。戦災孤児や炭鉱孤児らを受け入れる〈みその苑〉に暮らすケン坊は、口はきけないが利発で賢く、姉との連絡係を快諾してくれた。が、東京に潜伏中の川内を訪ねた木屋は、後をつけてきた田宮の子分と遭遇。格闘の末、何とか川内と身重の双葉を逃がすのだった。
以来、田宮と木屋の間には奇妙な共犯関係が生まれ、〈みそのライオンズ〉の監督やコーチとして大下や稲尾共々、爽やかな汗まで流すようになるのである。
「博多に九大のボランティアが関わった孤児院があったのも本当なら、大下さんが自宅を開放して子供たちに野球を教えたのも本当の話。今ならイチローの家に上がり込むようなものですが、彼は幼い頃に苦労したからか、〈大人の世界のきたなさ〉にいい意味で敏感なヒーローだったと思う。
そうした実話はあるとして、実在の人物にここまで勝手な台詞を喋らせていいのかとは、僕も悩みました(笑い)。ただ歴史小説の中の信長が何を言ってもいいように、昭和33年の西鉄は既に、時代小説だと思うんです。当時の博多を僕は鬼平等々が歩く深川と同じように感じ、大下も稲尾も信長級の歴史的ヒーローだと考えれば、自由に活躍させてもいいんじゃないかと」

人から人へ思いのボールを繫ぐ小説

そのヒーローのヒーローたる所以が、虚も実も甲乙つけ難い本書のドラマ性を支える。巨人3勝で迎えた58年の日本シリーズ第5戦、10回裏に投手稲尾が放ったサヨナラ弾が〈神様、仏様、稲尾様〉の名文句を生む瞬間はもちろんのこと、ケガで野球を諦めたケン坊の〈ホームランが、打ってみたかったとです〉という夢を大下が叶えたある方法など、涙なくして読めない。
田宮も然り。洲之内が何者かに撃たれ、ある捨て身の行動に出る彼は、何しろスポーツマンシップ=任俠道と解釈する男なのだから。
「学のない彼にも彼なりの哲学や辞書があって、今の僕らが見れば損で愚かにも映るその選択が、田宮には当然の義理だったりする。
たぶん戦後から高度成長に入るこの時期、いろんなことが変わったんですよ。たかが野球に夢を託す人や、洲之内みたいな分別のある博徒も少なくなって、その後はたがが外れたように球界でも黒い霧事件が起きる。でもまだこの時代なら田宮みたいな男がいていいし、いてほしかったんです」
本書ではそんな男惚れの美学が底流をなし、木屋とプロの夢半ばに戦死した兄、さらに田宮を繋ぐ、古びた〈ボール〉が、戦争や時代に翻弄された人々の切なる願いを映して、感動を誘う。
「男には幾つになっても永遠の野球少年みたいなところがあると思うんです。今作は戦後13年目の博多で、ワケありな男たちが思いのキャッチボールに興じる、そんな話です」
たった58年前の時代小説には、確かに我々が失ってしまった多くのものがあり、人々のキラキラした表情は目に眩しいほど。元野球少年は、これからも人から人へ、思いのボールを繋ぐ小説を書き続けたいと誓ってくれた。

●構成/橋本紀子

●撮影/三島正

(週刊ポスト2016年9.16/23号より)

初出:P+D MAGAZINE(2016/09/24)

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