◎編集者コラム◎ 『ふるさとを創った男 唱歌誕生』猪瀬直樹
◎編集者コラム◎
『ふるさとを創った男 唱歌誕生』猪瀬直樹
「故郷」「朧月夜」「紅葉」「春の小川」――今なおうたい継がれる文部省唱歌。おそらく、多くの人にとって、幼少期の風景とともに思い浮かばれる懐かしい歌ばかりではないでしょうか。
そんな歌の数々を生んだ、高野辰之と岡野貞一。歌の陰で、名前さえ明かされなかった2人の、歌が生まれるまでの人生が明らかになっていきます。
本作は、著者の丁寧な取材による事実に基づいて構成されており、読者である私たちは、「僕」が著者の猪瀬直樹さんであり、猪瀬さんによるルポルタージュであると錯覚を起こしそうになります。
しかし、西本願寺第二十二世門主で大正天皇の義兄となった大谷光瑞、大谷が派遣したシルクロード探検隊に参加して日本に戻れないまま病で命を落とした藤井宣正(彼は『椰子の葉陰』<藤村・作>のモデルとなった)、当時すでに『文学界』の〝スタア〟であった島崎藤村、『破戒』(藤村・作)の舞台となった真宗寺(作中は蓮華寺)の娘たちなど、辰之や貞一と同じ時代を生き、ときに交差する人生を描き出す本作は、ノンフィクション小説であり、『ふるさとを創った男 唱歌誕生』というタイトルから広がる、壮大な群像劇となっています。
「故郷」が生まれて110年という節目の年に再び文庫化となった本作は、今までも何度も単行本として、文庫として世の中に刊行されてきました。こんなにもこの小説が愛されるのはなぜでしょうか。
それは、おそらく、「故郷」をはじめとする、高野と岡野が生んだ歌の数々が、多くの人々にとって心のふるさとであるから。そしてまた、高野と故郷(長野県)を同じくする著者の、故郷を思うあたたかなまなざしをもって紡ぎ出された血の通った人間ドラマだからでしょう。スケールの大きな、人々の生き様が胸に迫ってきます。
──『ふるさとを創った男 唱歌誕生』担当者より