坂崎かおる『嘘つき姫』◆熱血新刊インタビュー◆

全ては掛け合わせ

坂崎かおる『嘘つき姫』◆熱血新刊インタビュー◆
 短編小説の公募新人賞で次々と受賞・入選を果たし、創作クラスタから「何者だ?」と騒がれ続けてきた坂崎かおるが、独立短編集『嘘つき姫』でついに本格デビューを果たした。ジャンル分け困難な色彩を放つ全9編には、既に堂々たる作家性が宿っている。
取材・文=吉田大助

 大戦下のヨーロッパで嘘をつきあうことで生き延びる二人の少女(「嘘つき姫」)、日本の地方都市に聳える古い電信柱に激しい恋に落ちた女性(「電信柱より」)、Dなる謎の生物が存在する1960年代アメリカで世界の終わりの風景を見ることになった純朴な少年(「ファーサイド」)……。

 これまでに書いてきたいくつもの短編を編んで1冊にするとなった際、第1編に何を選ぶかは重要だ。自分はどういうものを書く作家であるか、という自己紹介の機能を帯びるからだ。坂崎が編集者と話し合って選んだ作品は、「ニューヨークの魔女」。1890年にニューヨーク・マンハッタンにある屋敷の地下で、魔女が発見された事件から始まる物語だ。魔女は不死であったため、当時開発されたばかりの死刑装置「電気椅子」の被験体として利用されることになる。その一部始終は、サーカスの見せ物として観客に披露され──。スティーヴン・ミルハウザーやクリストファー・プリーストを彷彿させる、ジャンル分け困難な魔術的快感に満ちた短編だ。着想の出発点はどこにあったのか?

「これとこれを掛け合わせたら面白くなるだろう、というアイデアから出発することが多いんです。この話で言えば、以前『処刑電流 エジソン、電流戦争と電気椅子の発明』(リチャード・モラン)という人文書を読んで、19世紀末のアメリカで起きたエジソンとウェスティングハウス社との電力市場争いに電気椅子が絡んでいた……というエピソードが頭に残っていました。ある時ふと、電気椅子に魔女を掛け合わせてみたらどうだろう、と。調べてみたところ、植民地時代のニューヨークでは他の都市のような魔女裁判がほとんど行われていませんでした。魔女裁判に懐疑的だったオランダの統治下にあったため、魔女被疑者たちにとって聖地とされていたらしいんです。そこから〈ニューヨークに魔女はいない〉という冒頭の一文が浮かんできて、あとはプロットを決めず行き当たりばったりで書いていきました」

 不死の魔女は、死にたがっていた。そして、実験を行う女性の電気技師・アリエルと自分は似ている、と魔女は語った。「お互いずっと一人で生きてきて、そしてこれからも一人で生きていくことが約束されている。孤独な人間同士、惹かれ合うんじゃないかしら」。その一言を境に予期せぬ展開へと走り出す物語を、実験の助手に雇われた主人公の目線から書いていったところにも作家性が宿っている。電気椅子のスイッチは、彼が合図を出すと押される段取りになっている。語り手は悲劇に巻き込まれた被害者ではなく、加害者の側にも立っているのだ。

「他のお話でもそうなんですが、語り手が最初はいわゆる狂言回し的な、一見すると傍観者的な立場だったとしても、ずっとそのままではいられない。目の前で進展する事態に対して、語り手が主体的に関わっていくような書き方は意識しています。被害と加害は隣り合わせという部分があるんですが、だからこそ、被害性ばかり主張して加害性を無視してはいけないと思うんです」

 ただ楽しいだけではない、安全地帯にはいられない感触が、まるで我が身に起きた出来事のような読後感へと導いていく。以降の短編でも、同様だ。

「幸せな結末にはあまり興味がないかもしれません。それよりも、自分の中にある加害性を、小説を通して見つめ直しておきたいと思っている気がするんです」

女性同士の話として書くべきだとアイデアをもとに判断する

 坂崎が小説を書き出したのは30代半ば、2020年初夏の頃だった。きっかけは、新興ウェブメディア「VG+」が主催した「第1回かぐやSFコンテスト」の募集要項を目にしたことだ。「未来の学校」というテーマにもピンとくるものがあったが、書いてみようと心動かされた最大の理由は、字数だった。

「大学生の頃までは書いていたこともあったんですが、働き出してからは書くことも書こうと思ったこともありませんでした。ただ、コロナ禍でリモートワークが始まり今までより自由な時間ができた時に、かぐやSFコンテストの存在をたまたま知ったんですね。 私は近代の日本文学、特に明治から昭和初期にかけてのものをずっと読んできた人間なので、SFの熱心な読者ではないんですが、分量は4000字以内という募集要項を見て〝それくらいだったら何か書けるかも〟と思ったんです」

 審査員特別賞を受賞した投稿作のタイトルは「リモート」。主人公が通う中学校のクラスに、六足歩行ロボットがやって来た。事故で体が動かない男子中学生のサトルがリモートで操作し、リモートで授業を受けるというのだ。同世代にはいない深い思弁の持ち主であるサトルと語り合う日々は、ある出来事によって唐突に終わりを迎え──。ミステリ的なサプライズも効いた一編だ。

「お恥ずかしい限りですが、ミステリーにも疎いんです(苦笑)。ただ、短い枚数で満足感を与えるには、何か仕掛けがあったほうがいい。ミステリーっぽいお話の作り方が鍛えられたのは、公募のおかげです」

 ネット発の短編新人賞の多くは、受賞や入選をしても賞金は出ないことが多い。出版に至ることも稀だ。それでも投稿を続けたのは、自作が読まれ評価される経験が楽しかったからだったという。

「自分の周りに小説を書く人はいませんでしたが、インターネット上にはたくさんいることに気づきました。そういう方々とSNSを通して繫がり、お互いの作品を読み合ったりコメントし合ったりという経験が楽しかったことも、書き続けるモチベーションになったと思います」

 二桁に近い受賞歴がある中で、pixiv 主催の「百合文芸小説コンテスト」では第3回でSFマガジン賞(「電信柱より」)、第4回で大賞(「嘘つき姫」)を受賞しているが……。

「話の中に女性同士の関係性が入っていればいいのかな、という考え方でした。今でもそうなんですが、百合文芸とか百合小説と呼ばれるものを書いている意識は全くないんです。ただ、何かしらのアイデアを思い付いた時に、これは女性同士の話として書くべきだと判断することが不思議と多いです。特に、母と娘の関係には強く惹かれるものがあります。自分の人生に近いところではなく、できるだけ遠いところに登場人物を置いたほうが、話がよく動いてくれる感覚があるんです」

長いものを書くために必要な「鉄のフライパン」

 本書のために書き下ろした、原稿用紙100枚弱の短編「私のつまと、私のはは」がまさにそうだ。デザイナーの理子は、クライアントから「子育て体験キット〈ひよひよ〉」を使ってみてほしいとデモ版を送付される。のっぺらぼうの人形筐体がARグラスを通すと本物の赤ん坊のように見え、擬似的な育児体験ができるという商品だ。理子のパートナーである同性の知由里は以前から子どもを欲しがっており、「失敗ができる本番。だけど、本気で行う本番」と言い世話に没頭するようになる。

「私にしては珍しい〈ひよひよ〉というSF的ガジェットと、〈ひよひよ〉は首の骨を折ることで初期化できる、という設定を思い付いたことが出発点でした。それを、例えば男性と女性の不妊治療している夫婦ではなく、女性同士のカップルの話にしたことで、描けるようになったことがたくさんあったと思っています」

 ラストでミステリーの驚きが存分に発動される本作は、SFと百合(女性同士の関係性の物語)の想像力が掛け合わさった、最も著者らしい1編と言えるかもしれない。

「もともと短編だったものを、倍の長さに書き直した1編なんです。何かが足りないとずっと考えていた時に、鉄のフライパンを育てるという設定が浮かんできて〝これだ!〟と。知由里が熱心に育てている〈ひよひよ〉と、理子が育てる鉄のフライパンのエピソードを掛け合わせることで、文字通りひと回り大きな話になったんです。最初は4000字を書くのにもひいひい言っていた人間が、100枚弱の長さのものを書けるようになった、という喜びを感じた作品でもあります。このやり方を積み重ねていけば、いつか長編が書けるかもしれない。そのためには、あと何個か〝鉄のフライパン〟が必要だと思うんですけどね(笑)」


嘘つき姫

河出書房新社

戦争の中で嘘が姉妹を繫ぐ「嘘つき姫」、電気椅子ショーに挑む魔女と技師「ニューヨークの魔女」ほか、書き下ろし2篇を含む全9篇。小説が待ち焦がれた才能、正真正銘「待望」の初作品集。


坂崎かおる(さかさき・かおる)
1984年東京都生まれ。2020年、「リモート」で第1回かぐやSFコンテスト審査員特別賞。2022年、「嘘つき姫」で第4回百合文芸小説コンテスト大賞。ほか受賞・入賞作多数。『嘘つき姫』が初単著となる。


◎編集者コラム◎ 『ふるさとを創った男 唱歌誕生』猪瀬直樹
萩原ゆか「よう、サボロー」第49回