アッシュ・スミス『千葉の殺人』
バーチーのダーマー
本作の、書き始める前の仮題は『それは誰のせい』だった。
同じ事件でも、同じ事実でも、同じ人物でも、照らす角度で見方がまったく変わる。
私自身、この物語がサスペンスなのかミステリーなのかどんなジャンルに属するのかをわかっていないのだが(何でしょう?)、そんな事件のドキュメントを書いているような気分だった。
書き上げたときに浮かんだタイトルは、『ギャモン』だった。
ボードゲーム、バックギャモンで、相手に1コマも上がらせずに完勝することを意味する。主人公はこのゲームを好んでプレイする。
最初のうちは劣勢で、盤上にバラバラにされたコマが次第に集結していき、「プライム」という状態を作りだす。すると、最後まで真っ当に進んでいたように見えた相手のコマは、一箇所に閉じ込められ、動けなくなっていく。
本作の展開に、これほど相応しいタイトルはないだろう。
これは読んでくださった方のためだけのネタバレだが、最後の1行は、映画『アナザー・カントリー』(84年)の、ルパート・エベレットのラストの台詞に影響されている。
意味はわからなくても、ぱっと見で「何?」と目を引き、しかしこれほど内容にリンクし、読み終えた後に「なるほど」と思ってもらえるタイトルは、なかなかないだろう。
我ながらうまいなあと悦に入って、グラスを傾けていたある日。編集の方から突然こう言われた。
「タイトル、『千葉の殺人』でいきましょう」
比喩でなく飲んでいた焼酎を噴いた。
私の洒落たタイトルと、それにまつわる「こじつけ」及びエピソードトークも、同時に噴き飛んでいった。
どんなものでも、略されるとヒットする。いや、逆かな。ヒットすると略される。いまはこの本が、「ちばさつ」と略されることを祈っている。
ちなみに私自身は、昔の業界人風に「バーチーのダーマー」と呼んでいます。