ハクマン 部屋と締切(デッドエンド)と私 第10回
相手が「漫画家です」と答えて来た時は、
瞬時に話題を変えるべきである。
漫画に詳しいと自負している人でもダメだ。
最近は掲載媒体が多く、本当に星の数ほど漫画があるため、俺はジャンプから漫画ローレンスまで読んでますよ、という奴でも知らない漫画が平気で存在するのだ。
よって「作品名を言わせたは良いが、知らない」という事態が起こってしまう。
作家は「知らない」の空気にメロスのように敏感である。そして人気商売にとって「知られてない」ほど致命的なことはないので、普通にへこんでしまう。
聞いた方は気まずく、聞かれた方は落ち込むという誰も得していない空間の爆誕だ。
よって、私は万が一、漫画家という職業は明かしても、何を描いているかは「俺は作品名を言うぐらいならマイナンバーを公表するね」というぐらい頑なに言わない。
もし漫画家が「どうせ知らないっすから」と作品名を言おうとしなかったら、それは「今のうちに逃げろ」のサインである。お互いのために瞬時に話題を、政治か野球の方へシフトするのが吉だ。
もし作品名を聞いてしまい、知らなかった、という状態になった時、知っているフリをするのはもってのほかだが「今度読んでみます」もあまり良くない。「どこで読むんだ? 無断転載サイト的なところでか?」と思われるだけだ。
それに、作家をやる以上多くの人間に読んでもらいたいとは思っているが「近所の人」や「娘の通う小学校のPTA会長」みたいな、実生活に影響を及ぼしかねないリアル知人には読んで欲しくはないのだ。
よってどうしても前向きな姿勢を見せたい時は「今度買います」と言おう。
この「何描いてるんですか」は、社交辞令が生んだ不幸な大事故なのだが、中には漫画家と明かしたことにより、明確な漫画家ハラスメントを受ける、という人もいる。
わかりやすいのが「好きな絵描いて金もらえて人生楽勝っすね」パターンだ。
漫画家に限らず、クリエイターやエンタメ職、というのは「好きなことを仕事にした」というイメージが強い。
つまり「貴様は好きなことをやっているんだから、不満を言う資格はない」ハラスメントを受けることがある。
忙しいことを嘆いても、好きなことなんだからいくらやっても辛くないだろう、と言われ、ギャラのことを言えば、好きなことをやってんだから金はいいだろ、と言われる、むしろそういう扱いを受けるのが、好きじゃなくなる原因だったりもする。