ハクマン 部屋と締切(デッドエンド)と私 第3回
作家も作家で、何回ネームを出してもOKが出ないとなると、ネームというのはいくら書いても「収入0円」なため、とりあえず原稿料が貰える他の仕事の方を優先しだしたりする。
このような感じで、どちらかが「やめよう」と言ったわけでもないのに「保留」になってしまうことがあるのだ。
そうなるとお互い「そう言えばあの件どうなった」と言いづらくなるという「先に動いた方が死ぬ」状態になり、そのまま「なかったこと」になってしまう。
しかし、フェードアウトさせるのは、大体作家のような気がする。
いくら編集者が名状し難い邪悪な何か、とは言え、ネームを出せば何か言ってくるだろうし、少なくともやりとりだけは続く。
もしネームを出したのに返事もよこさないとしたら、それは編集者ですらなく、ただの邪悪な何かだ。
よって「作家が描いて来なくなった」ケースの方が多いのではないだろうか。
この意見に対しては反論を積極的に募集している。
出来るだけ「俺はちゃんとネームやプロットを出しているのに編集の方が既読スルーする、もはや既読なのかすらわからない」という作家の声を集めたい。そうすればやはり編集者の方が邪知暴虐の王と言うことに出来る。
しかしメロスだって、邪知暴虐の王がいなければ走らなかったのだ。
確かに編集者さえいなければ、ネームがOKとかNGとかいうゴチャゴチャさえないのだから、ストレートに作品を世に出せて良いとも言える。現に今は編集や出版を通さず漫画を公開したり、販売をしている人は山ほどいる。
しかしそれは自らを管理することが出来る一握りの人である。
世の中には編集者という邪知暴虐の王がいないと走れない、つまり漫画が描けない作家もいるのだ。
つまり「進捗どうですか」という催促という名の暴虐がないと、作家は永遠に描かないものなのだ。