ハクマン 部屋と締切(デッドエンド)と私 第62回

ハクマン第62回正直なところ、
自分のサクセスより、
他人の大コケが欲しい。

弱いコミュ症はこのゾーンで大体命を落とすし、強いコミュ症は本当に寝てしまうため、盛り上がらないまま「もう会わなくていいか」となってしまったりする。

その点、最初からオタクしかいないとわかっていれば、そういったチュートリアルをスキップして「ジャンルは?」「推しは?」という本編に突入することができる。

また、例えこっちがジャニオタで、相手がミリオタであろうとも「童貞しか出さない声」があるように「オタクしかしない呼吸法」があるため、全くジャンルが違っても相手の言うことが「わからないけどわかる」のだ。

それと同じようにマンガ家同士なら、例え相手の名前や作品を一切知らなくても「編集者とかいう人種について」「良く効く薬」「診察短めですぐ薬を出してくれるクリニック情報」など、漫画家としての共通の話題で初対面でもある程度話せるし、盛り上がることも可能なのだ。

だが、売れている漫画家と接してしまったせいで、お薬やクリニック情報が必要になってしまう可能性もある。

そもそも、それが嫌で10年以上同業者と全く交流してこなかった私が、今更どんな大物が来るかわからない場に出入りしているというのは「もう売れている漫画家でもいいから話をしたい」という精神的末期がきてしまっているのかもしれない。

最近やっとコロナウィルスのワクチン接種がはじまっているわけだが、それに対し同業の人が「こっちにまわって来るのは一番最後なのではないか」と言っていた。

これは漫画家が世界一コロナにかかって良い職業というわけではない。それなら編集者の方が上だ。
ワクチンというのは、まず医療従事者など感染の危険性が高い職業の人、そして高齢者など感染するとヤバくなりがちな人から接種しているという。
その基準で言うと私のような、家から出ず、人にも全く接しない「中年漫画家」というのは確かに「60億番目」にされても文句は言えないポジションである。

ワクチンだけではなく、今になって考えると、漫画家というのは最もコロナの影響が少なかった職業だった気がする。

一時期、雑誌が休刊になったり書店が閉まったりで「これは」という空気が漂い、確かにコロナの影響で、紙の本の売り上げは大きく下がったと思われるが、その分電子が伸びたため、トータルで「コロナの影響で売れている漫画は売れ、売れてない漫画は売れていない」という「いつも通り」ということが判明した。

また、コロナの影響で外出ができず、仕事をすることさえ困難になった職種がある一方で、漫画家というのは逆に「外に出ろ」と言われた方が困る仕事である。

アシスタントがいたとしても、仕事自体が「全員で黙々と何時間も絵を描く」という中世であれば「人が集団で死ぬまで踊り続けた怪現象」として歴史に刻まれる奇行なため、リモートにしてもさほど問題がない。

さらに基本的に屋内に閉じこもってやる仕事なため、「外出自粛」という要請も「お前はいつも通りにしていろ、いらんことをするな、できれば呼吸もやめろ」と言われただけである。

 
カレー沢薫(かれーざわ・かおる)

漫画家、エッセイスト。漫画『クレムリン』でデビュー。 エッセイ作品に『負ける技術』『ブスの本懐』(太田出版)など多数。

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