思い出の味 ◈ 吉森大祐
第51回
「ペヤング」
八〇年代から九〇年代にかけて世界最強を誇った日本の家電業界は変革の波に乗り遅れると、衰退の一途をたどった。〇一年に iPod、〇七年に iPhone が発売され、同時期にテレビの薄型化が進んで基幹部品を韓国勢に握られると、ついに日本は業界の支配力を失い、当時世界で年間百五十兆円といわれた家電市場の多くを海外勢に奪われた。
そして私は、その渦中にいた。
家電メーカーのマネージャーになったのは〇九年の四月だが、その一ヵ月後に事業部長に呼び出され、チームの整理統合を命じられた。
当時の私のチームは日本八名、スペイン三名、英国二名、米国二名、マレーシア二名。これを整理統合し、マレーシア十一名に再編する。上司も大変だったと思うが、現場担当の私も大変だった。
海外の拠点に行くと、それぞれの国で戦ってきた仲間たちがいた。慣れない国で、時間をかけて現地の人たちと構築してきた信頼関係を踏みにじり、リストラしていかなければならない。多くの人が仕事を失い、人生の岐路に立たされた。
だが、世界で負けるというのはそういうことだった。海外メーカーに市場を奪われるというのはそういうことなのだ。
「悲しいですね。なぜ日本人までアップルやサムスンを使うのでしょうか?」「彼らの製品のほうが良いのだから仕方がない。勝つにはもっといい製品を作るしかない」「彼らは凄いですね。ぼくらは何もかもが古い。全て作り変えないと」
異国の町の路地裏の酒場で、何度もそんな話をした。
「先輩、明日、日本に帰るんですよね」「まァな」「羨ましいなァ。おいしい日本食を食べたいなァ」「こっちにも日本食のスーパーやレストランがあるだろ?」「違いますよ。なにもかもが」──。
日本に帰ると、私は量販店でぺヤングを箱買いして後輩に送った。するとすぐ「泣きました」とメールが来た。「どんな高級品よりもペヤングがいいです」。異国で、ひとりで食べるペヤングは特別な味がする。私もまた、どんな高級品よりもペヤングのほうが良いと思う。
吉森大祐(よしもり・だいすけ)
1968年東京都文京区生まれ。慶應義塾大学卒業後、電機メーカーに入社。『幕末ダウンタウン』で第十二回小説現代長編新人賞、『ぴりりと可楽!』で細谷正充賞を受賞。最新作に『うかれ十郎兵衛』がある。
〈「STORY BOX」2022年1月号掲載〉