今月のイチオシ本【歴史・時代小説】末國善己

『幕末ダウンタウン』
吉森大祐
講談社

 新撰組ものは人気が高く、これまでも多彩な作品が発表されてきた。第十二回小説現代長編新人賞を受賞した吉森大祐のデビュー作は、新撰組の隊士が漫才師になる奇想天外な物語となっている。

 慶応三年の京。新撰組に入った濱田精次郎は、噺家・桂文枝と再会する。剣に自信があった精次郎だが、腕自慢が揃う新撰組では目立たなかった。文枝は、そんな精次郎に、アヤシイ人間が集まる寄席は情報収集に向いていると教える。

 寄席に通い始めた精次郎は、長州藩との繋がりも噂される元芸妓で、今は物真似から社会風刺まで幅広い芸で笑いを取る松茂登と出会う。故郷で大神楽の修業をした精次郎も舞台に立つが、まったくウケない。ところが客のヤジにキレたことで爆笑の渦を巻き起こしてしまう。精次郎と松茂登は、文枝の勧めで、コンビ芸という新しい試みに挑むことになる。

 お笑いと新撰組の取り合わせは意外だったが、著者は良質な漫才を思わせる精次郎、文枝、松茂登らの掛け合いを使ってテンポよく物語を進め、さらに幕末の芸能史や新撰組の事績といった史実の中に矛盾なくフィクションを織り込んでいる。そのためユーモア小説としても、歴史ものとしても絶妙で、一気に物語の世界に引き込まれてしまうだろう。

 作中には、現代の人気芸人をモデルにしたと思える登場人物や、有名なギャグがちりばめられており、お笑いが好きならそれを探しながら読むのも一興だ。

 精次郎が入隊した頃の新撰組は、大きな仕事は幹部が独占し、無名の隊士が世に出るためには、前へ出て自分は有能だと叫ばなければならなかった。ただ、そんな気概も実力もない精次郎は、命じられた仕事を淡々とこなすだけだったが、お笑いという新たな世界を知ったことで、新撰組に忠誠を誓って心身をすり減らすだけが人生ではないと学んでいく。

 組織が肥大化、硬直化し、特に若い世代が夢を抱けなくなっている新撰組は、現代の日本企業を彷彿させる。それだけに今の仕事に未練を残しながらも、新たな挑戦に活路を見出そうとする精次郎には、共感する読者も多いように思える。

(「STORY BOX」2018年3月号掲載)

(文/末國善己)
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