リレーエッセイ

思い出の味 ◈ 伊岡 瞬
 大学三年生の夏休みに、学友六人(全員男)で北海道を旅行した。移動手段は、メンバーの親から借りた都合二台の車だ。うち二名は、東北の実家に帰省中だったので、東京方面から北上する途中で合流する。ついでに、そのうちの一軒にひと晩泊めてもらうことになっていた。当時もおそらく今も、学生は節約旅だ。雨風がしのげて、
思い出の味 ◈ 望月麻衣
 デビューする前、私はまだ幼い子の育児に奮闘する専業主婦でした。子どもを幼稚園に送り出した後、執筆した作品を小説投稿サイトに掲載し、更新するのが何よりの楽しみという毎日。
思い出の味 ◈ 中山祐次郎
「馬鹿野郎、辛すぎんだよ」およそ医者とは思えぬ罵声で叱られたのは、駆け出し外科医だった30歳のころ。東京下町の救急病院で3ヶ月の修業をした。血の気の多い救急医たちに混じって、毎日運ばれてくる超重症の患者さんの救命にあたる。
思い出の味 ◈ 道尾秀介
 あれは忘れもしない小学三年生か四年生かそのくらいの頃、友達数人といっしょに禁断の果実を食いまくったことがある。校庭の隅に植わっているビワの木が、毎年夏になると実をたくさんつけるのだが、絶対に取ったり食べたりしてはいけないと朝礼で言われていたのだ。
井上荒野さん
「あぶたま鍋」もしくは「とりたま鍋」と呼んでいた。どちらだったかも、もうわからない。母がどこかで覚えた鍋だった。ほとんど家から出ない人だったから、雑誌か何かでレシピを見たのか、あるいは父と一緒に食事の招待を受けるという年に数回程度のめずらしい機会に、どこかの料理屋でそれを食べたのか。
思い出の味 ◈ 南 杏子
 英国人のソウルフード、フィッシュ&チップスは、私にとっても思い出深い食べ物だ。夫の留学に同行し、英国で長女を産んだ。慣れない英語でドクターやナースとのコミュニケーションに汗をかきつつ、夫と二人きりで育児に奮闘した。
思い出の味 ◈ 岩井圭也
 我が家の冷蔵庫には、母が手作りした味噌が常備されている。実家ではなかなか消費できないらしく、頼むと定期的に送ってくれる。母は料理が趣味で、よく家族のためにお菓子を作ったり、近所の友人を集めてパンを焼いたりしていた。私と妹は母のお菓子を食べて育ち、一人暮らしをはじめてからもパンを送ってもらった。
思い出の味 ◈ 大島真寿美
「大島小姐~、許留山、つぶれちゃったらしいですよ、知ってます?」 「知ってる~。泣」  これは、約二十年ぶりに繋がった友人とのメッセージのやりとり。  許留山、というのは香港スイーツのお店の名前。私が
思い出の味 ◈ 伊吹亜門
 晴明神社が近い堀川今出川の角に、是空というラーメン屋があった。  通っていた大学の近所で、しかも当時私が下宿していたアパートの数軒隣だったこともあり、学生時代には足繁く通った店だ。鶏ガラと豚骨の濃厚
思い出の味 ◈ 村山由佳
 竹のざるに洗い上げられた半透明の米粒が、夕暮れの陽を受けてぴかりと光っていたのを思い出す。  昭和四十年代後半、電気炊飯器は我が家にもあったのだけれど、母には何かが不満だったらしい。いつしか、使い込
思い出の味 ◈ 嶋津 輝
 だいぶ前、まだ横須賀線の車両の大半がボックス席であったころのこと。  上り電車は空いていた。ボックス席には私と、通路を挟んで反対側に六十代くらいの女性が一人座っているきりだった。  その女性が大きな
思い出の味 ◈ 加納朋子
 思い出の味、と言われて思い出すのは、子供の頃、家で食べたすき焼きですね。今でもそうですが、当時のすき焼きはとりわけハレ感のある食べ物で、もちろん家族全員が大好物でした。そしてすき焼きに関して思い出す
思い出の味 ◈ 古矢永塔子
「何も味がしねぇや」というのが食卓での祖父の口癖だった。  私の故郷は、全国食塩消費量上位の青森県。祖父はとにかく味が濃いものを好んだ。母が作った料理に箸をつけると顔をしかめ、醤油瓶に手を伸ばすのが常
思い出の味 ◈ 長月天音
 小学校中学年の頃まで、夏休みを山小屋で過ごしていた。父親が山小屋の管理人だったのだ。日本百名山にも選ばれた山の山頂近い小屋まで、食料の詰まった重いリュックを背負った母と弟と私は、子供の足で四時間ほど
思い出の味 ◈ 鈴峯紅也
 私の父は昔、都内の大手サイン制作会社に勤めていた。主に飲料メーカーの屋外広告が多かったように思う。とある日、父が三箱もの段ボール箱を持って帰ってきた。試供品の炭酸飲料だという。なんのラベルも商品名も
思い出の味 ◈ 赤松利市
 私と同世代で讃岐生まれの方ならタイトルをご覧になっただけで「ああ、あれか」と、私の思い出の味をご推測頂けるだろう。そう、あれなんです。  昭和六十三年に瀬戸大橋で本州と四国が結ばれるまで、本州から四
思い出の味 ◈ 武田綾乃
 出町柳駅で下車し、鴨川に掛かる橋を歩く。学生の街と言われるだけあり、京都では至る所で学生の姿を見掛けた。そして数年前まで私もその中の一人だった。 「えー、君たちウチの大学通っててアレ食べてへんの?」
思い出の味 ◈ 小野寺史宜
 ご飯も好きだが、パンも好き。  朝は四時か五時に起き、バターロールを二個食べて、書く。昼は、食パンにちくわや厚揚げやがんもを挟んで食べる。まあ、パン派と言っていいだろう。  僕が小学生のころ、学校給