原之内菊子の新刊インタビュー ゲスト/大山淳子 さん

原之内菊子の新刊インタビュー ゲスト/大山淳子 さん 小説のヒロイン・原之内菊子が 著者の"すべて"を聞きました!

小説のヒロイン・原之内菊子が
著者の”すべて”を聞きました!

 顔を見ると、なぜだか自分のことを話したくなる。腹の中を打ち明けてしまいたくなる──。『原之内菊子の憂鬱なインタビュー』はそんなちょっと不思議な力を持つヒロインの物語です。物語のなかから飛び出した原之内菊子が、著者の大山淳子さんにお話を伺いました。

「菊子=聞く子はかつての私です」

菊子……あの、私、小説のこととかよくわからないんですけど、今日はよろしくお願いします。早速ですけど、なぜまた私のような「異様に話される女」を考えついたんですか?

大山……菊子さん、あなたはかつての私なんですよ。私、以前はライターとして人に取材をして話を聞く仕事をしていたんです。でもなぜだかわからないけれど、ほとんどの人がすごくたくさんお話をしてくれて。三十分の取材予定が二時間に延長することなんてざら。「あなたにだけ話すけど」ととっておきの逸話を披露してくれる方も大勢いました。それで次第にクライアントからは「あなた“聞く子”さんだね」って呼ばれるようになって。私のインタビュー技術が上手だったからでは全然ないんですよ。だってその前の十年間は専業主婦で、離婚して母子家庭になってからその仕事を始めたくらいなので。

菊子……え、離婚されているんですか。私は外見も地味だし、行く先々で「話を聞いてくれ」と迫ってくる人ばかりしかいないので、恋人もいないまま32歳に……。結婚も離婚も遠い世界のことすぎて、ちょっと羨ましいです。

大山……そうはいっても夫から突然「好きじゃなくなった」と切り出されたので、やっぱり大変でしたよ。小学生の娘を抱えて貯金ゼロでシングルマザーになったのが三十六歳のとき。それまでずっと専業主婦だったのが突然社会に放り出されたから、もう浦島太郎の気分ですよ。母子手当を貰いながら月収五万円の事務のパートから細々と始めて、なんとか暮らしていけるようになるまでは必死でしたね。

ひとつの大きな嘘と、それを固めるリアル

菊子……ご苦労されてきたんですね。私も上京して今の「三巴企画」に入るまでは職を転々としてきたので、お気持ちは少しわかります。

大山……でも今の高田馬場の職場、いいところでしょう? 建物はボロいし、先の見えない極貧編集プロダクションだけど。って作者の私が言うのも変だけど(笑)。

菊子……そうですね。大阪弁でグイグイくる戸部社長も、最初は強引で苦手だったんですけど、根はとても優しい人です。唯一の正社員の桐谷くんは私より年下ですが、東大出のエリートだけあって優秀で仕事ができるみたいだし。でもずっと短所だと思っていた私の「聞く」能力が、インタビュアーの才能として評価されるなんておかしな気分ですね。

大山……『サトラレ』って漫画があったじゃないですか? 自分の思考がすべて周囲に漏れ出てしまう主人公のお話。私、ああいう物語が好きなんです。ひとつ大きな嘘があって、周りはすべてリアリティでしっかり固めているような。菊子さんの設定もいってしまえばファンタジー。でも戸部社長や桐谷くん、出版業界の内情、三巴企画が関わるやくざの世界をリアルに描くことで周りを固めて、読んでくれる人が楽しめる世界観を作りたかったんです。

菊子……やくざに追われたり、警察沙汰に巻き込まれたりと、物騒な出来事が次から次へと起きてこっちは大変なんですけど……。

大山……『原之内菊子の憂鬱なインタビュー』は私にとって初めての連載作品だったんです。だから一話一話にたっぷりと見せ場を詰め込んで、毎回楽しめるようなお話にしたくて。桐谷くんが文学オタクなのも、そういう理由からなんです。

菊子……桐谷くんと戸部社長、しょっちゅう文学談義に花を咲かせてますよね。今日は『にんじん』の作者の誕生日だとか、『走れメロス』のメロスは「ナルシストなあかんたれや」とか、『ライ麦畑でつかまえて』の回転木馬のシーンがどうこうとか。

大山……古典名作のエピソードを全編にちりばめることで、物語を細部まで楽しんでもらえたらと思って。知っている作品が出てくると、物語に感情移入しやすくなるでしょう?

菊子……大山さんも文学マニアでした?

大山……私は昔から本を読むのは好きでしたけど、古典名作を読破するようなタイプではありませんでした。ただ、好きな作家の作品は繰り返し繰り返し読んでいましたね。井上靖、芥川龍之介の本は中学生のときに買ったものを今も持っていて十回以上は読み返しています。桐谷くんが大好きな『赤毛のアン』は私自身も大好き。セリフは全部頭の中に入っています。

菊子……桐谷くんと戸部社長の文学トークを聞いていると、おふたりの人柄や人生経験なんかが垣間見えてきて面白いです。桐谷くんはやっぱり昔から真面目で潔癖なんだなとか、戸部社長は抜け目ないようでいて実は教養がある大人なんだな、とか。

大山……小説って絵がないから、いきなり文字で名前だけを説明されてもすぐには覚えにくくないですか? 私、TVドラマの序盤とかで登場人物の名前や肩書きがテロップで表示されるのが嫌いなんですよ。物語が進むにつれてそのキャラクターが自然に頭に入ってくるのが一番好ましいと思っているので。だから小説のなかで人物を描写するときは、すごく気を遣っています。どうやったら読者の負担にならないようにさりげなく、人物を印象づけられるか、という工夫は毎回考えますね。物語のなかで語り手の視点が切り替わるのもそのためです。当人にしかわからない過去の出来事を描くことで、その人物が読者の記憶に定着しますように、と祈りながらいつも書いています。

小説を書き始めたのは四十八歳から

菊子……作家の方って実はいろんな工夫をされているんですね。じゃあ大山さんにとってのいい小説とは、面白い小説ですか?

大山……「面白い」っていってもコメディ限定じゃないですよ。先が読めなくてワクワクしたり、振り回されたり、悲しい展開や残酷な場面に胸を痛めたりすることも全部含めて、読んでいるあいだ夢中になれる「面白さ」という意味です。☆読んでいるあいだがいい時間で、読み終えた後はものの見方がちょっと変わっている。そういう小説を書いていきたいという希望はずっと持ち続けています。

菊子……それは作家になったときからずっとそういう意識で?

大山……いえ、小説家になったばかりのときは、「ヒーローを書きたい」と思っていたんですよ。でもだんだんと「美しい物語を書きたいな」という気持ちに変化してきましたね。美しくて、でもそのなかに人生に役立つようなことがほんの少しでも入っている物語を書いていきたい。だって今の時代、小説を読まなくてもいくらでも他に娯楽があるじゃないですか。それなのに小説を読むという行為にわざわざ時間を割いてくれる人たちがいる。そんな人たちに少しでもいいものを渡したいんです。もちろん暇つぶしで読んでくれてもいい。でも二回め、三回めに読んだときにも新しい発見があるようにちょっと何か仕掛けておいて、お得な気分も味わってほしい。シナリオライターでもあるせいか、つい仕掛けとかそういう発想になっちゃうんですよね。

菊子……シナリオも書くんですか? 事務のパートから、どうやって「書く」お仕事にシフトされたのでしょう。

大山……私は大学を卒業してすぐ結婚したので、職歴がほぼないまま専業主婦になったんです。でも離婚で社会に放り出されて、どうやってお金を稼いでいこうかと考えたときに、作文が得意だったことを思い出したんです。小学生のとき、私が書いた作文を担任の先生がラジオ局主催のコンクールへ応募して、それを灰谷健次郎さんが読んでくださったことがあって。

菊子……あ、私でもお名前を聞いたことがあります。『兎の眼』を書いた作家ですよね。

大山……そう。その灰谷さんが「ハラハラドキドキして、最後に心がホカホカする。この作者には、読者にそう感じさせるような腕前がある」と褒めてくださったんです。そのときの「腕前」という言葉がすごく印象に残っていて、書く仕事でやっていけるかも、と思って。それでまずライターの養成学校に入ったんですね。でもいくつか課題をこなしたら校長先生に呼び出されて、「あなたの文章は個性が強すぎる。フリーライターには向いていないので旦那さんに食わせてもらって小説を書きなさい」と言われたんです。その言葉があまりにもショックでライターの道はそこで諦めました。

菊子……あの、それって遠回しに「あなたは才能がある」という意味の褒め言葉だったのではないでしょうか?

大山……今思えばそうだったのかも。でも当時は母子家庭を支えていくための職を探していたので、「ライターは向いていない」という部分だけが頭に残ってしまって。それでパートを掛け持ちしながら子育てしていたんですが、しばらくしてから、勤め先で知り合った男性とご縁があって再婚することになったんです。

菊子……まあ、再婚もされていたんですね。

大山……私も娘も前の夫から「捨てられた」という意識があったので、彼が私たちと「一緒にいたい」と言ってくれたことですごく救われました。そこで私は「幸せになれた」とだいぶ満足していたんですが、なぜか夫の母が会うたびに「一度でいいから自分の好きなことに打ち込んでみて」と熱心に言ってきたんですよ。

菊子……義理のお母さまは、自分の好きなことを仕事に選んで生きてこられたタイプだったのでしょうか?

大山……義母は茶道の先生でした。私に「人生、自分の好きなことをやっていないとだめよ」と何度も何度も言ってくれて。その言葉に背中を押されて、もう一度書くことに向き合ってみようと思い、四十三歳でシナリオライターの学校に入りました。学生時代は映画を観ることも大好きだったので、シナリオを書くことで好きな映画に関われるようになるかも、と思って。

菊子……四十三歳で再び専門学校へ入り直したんですね。でも周囲は二十代や三十代といった若い人ばかりだったのでは?

大山……そうなんですよ。だから最初のうちは「私なんか完全に出遅れてるんじゃ」という不安がありましたね。でも講義を受けていくうちに創作意欲がどんどん湧いてきて、城戸賞という業界の大きな賞を初応募で獲れたんです。それがきっかけでラジオドラマの制作やプロットライターをするようになったんですが、シナリオライターって実は根回しとかどこの制作会社に所属しているとか、そういう部分で物事が決まることが多くて……。

菊子……上手なシナリオが書けるだけじゃダメな世界だったんですね。

大山……そこに違和感を覚えたことがきっかけでシナリオからはいったん離れて、今度は小説を書くことにしたんです。それが四十八歳のとき。シナリオの実績は全部ゼロにして、一年間、一ヶ月に一本作品を書いて賞に応募し続けました。その結果、『猫弁』で小説家デビュー、ドラマ化も決まったんです。

菊子……人生、遅すぎるスタートなんてきっとないんだと思います。大山さんの歩んできた道のりについてのお話を聞いたら、私も勇気をもらえました。では最後の質問をさせてください。私、原之内菊子はこれからもずっと他人のおしゃべりを受け止め続けていくのでしょうか? 正直ちょっと、いえ、かなりしんどいときもあるのですが……。

大山……頑張って聞き続けてください。そしてシリーズ化を狙いましょう(笑)。あ、やだもう、菊子さんだからこんなに色々話しちゃった。やっぱりあなたと話していると、口が止まらなくなるみたい。
 

(文・取材/阿部花恵)

 

大山淳子(おおやま・じゅんこ)
東京都生まれ。2006年『三日月夜話』で第32回城戸賞入選。11年『猫弁 死体の身代金』でTBS・講談社第3回ドラマ原作大賞を受賞し、小説家デビュー。ドラマ化された同作は『猫弁 天才百瀬とやっかいな依頼人たち』と改題して書籍化され、累計40万部を超える人気シリーズになっている。他の著書に『イーヨくんの結婚生活』『分解日記 光二郎備忘ファイル』『あずかりやさん』などがある。

【ハリー・ポッターもアリスも要注意本だった?】知られざる取り扱い禁止本の世界
青山七恵さん『ハッチとマーロウ』