【ハリー・ポッターもアリスも要注意本だった?】知られざる取り扱い禁止本の世界

『ハリー・ポッター』シリーズや『不思議の国アリス』など、多くの人に愛されている作品のなかには、かつて取り扱い禁止になっていたものも珍しくありません。今回は、そんな取り扱い禁止となった作品の数々と、その理由をご紹介します。

全世界で愛されている人気シリーズ、『ハリー・ポッター』。子供から大人まで、幅広いファンを持つこの作品が、かつてアメリカで取り扱い禁止の対象になっていたことをご存知でしょうか。

なぜ世界中で大ヒットを記録している作品が取り扱い禁止本の対象になったのか。それは一部のキリスト教信者が「魔術を美化しており、幼い読者たちをオカルトの道に染めてしまう可能性があるから」と主張したため。『ハリー・ポッター』シリーズは2000年代、アメリカ図書館協会に対して抗議が寄せられた図書の第1位にもなっています。

このように、私たちにとって馴染み深いものであっても、かつては取り扱いが禁止されていた過去を持つ作品は少なくありません。今回はそんな取り扱い禁止対象になったことのある作品と、その理由を紹介します。

 

現実と虚構の区別がつかなくなる?そんな理由で禁止された名作ファンタジー。

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ルイス・キャロルによる児童小説、『不思議の国のアリス』。不思議の国に迷い込んだ主人公の少女、アリスが行く先々で個性豊かなキャラクターと出会い、冒険をするこの物語は、ディズニーによってアニメと実写映画化が作られたほか、モチーフにした作品が数多く創作されるなど、大人にも子供にも広く読まれています。

しかし『不思議の国のアリス』には、クライマックスに登場するハートの女王があたり構わず相手の首を刎ねようとする残酷な一面も。お茶会の場で出される、ナンセンスな言葉遊びなどを含め、児童文学の枠に収まらない魅力を持った作品でもあります。

1931年、実際にそんな『不思議の国のアリス』は中国の一部の地域にて取り扱いが禁止されていました。その驚くべき理由とは、「動物が人の言葉を話すため、読んだ子供が人と同等に動物を扱いかねない」というもの。つまり、「現実と虚構の区別がつかない子供」に育ってしまうことを懸念したのです。

特に代表的なキャラクターでもあるチェシャ猫はことば巧みにアリスを翻弄しますが、まさかこの特徴が災いして取り扱い禁止という目に遭うとは、ルイス・キャロルも予想していなかったのではないでしょうか。

 

読んだところで無利益。そんな流れを変えたのは時代だった。

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児童文学作家、ライマン・フランク・ボームが、子供たちに語って聞かせた物語を元に書いた『オズの魔法使い』。農場に暮らす少女、ドロシーが不思議な国 “オズ”でカカシやブリキの木こり、ライオンとともに冒険をするこの物語は『不思議の国のアリス』に大きな影響を受けたとも言われています。それは主人公の少女がひょんなことから不思議な国に迷い込み、動物たちと冒険をした後に元の世界へと帰る点が共通していることからもうかがえます。

ミュージカルや実写映画が作られるなど、文化面に多大な功績を残した『オズの魔法使い』でしたが、一方で批判の対象になることも少なくありませんでした。1957年にミシガン州デトロイトの図書館長は「読んだ子供を臆病にする」、「読んでも子供に何の利益も無い」という理由から取り扱いを禁じたほど。この「読んだ子供を臆病にする」という指摘は、物語に登場するライオンが理由だと考えられています。

「どうしてそんなに臆病なの?」とドロシーは、不思議そうに巨大な獣を見つめました。というのも子馬くらいの大きさがある動物だったからです。
ライオンは答えました。「それはわからない。生まれつきそうだったんでしょう。森の他の動物たちは、当然わたしが勇敢なものと思ってるんだよ、というのもライオンはどこでも百獣の王だと思われてるからね。」(中略)
「でもそんなばかな。百獣の王が臆病だなんて」とかかし。
「そうなんだよ」とライオンは答えて、しっぽの先で目から涙をぬぐいました。
「それがわたしの大いなる悲劇で、おかげでとても不幸せな一生なんだよ。でも危険に出会うたびに、胸がどきどきしてしまうんだ」

ライオンは百獣の王でありながら、ドロシーに鼻面をひっぱたかれて怯えてしまうほど臆病なキャラクターです。このライオンが子供たちを消極的にしてしまう、といった言いがかりにも近い形でデトロイトの図書館長は『オズの魔法使い』の取り扱いを禁止しました。これがきっかけとなり、それまで子供たちが愛読していた『オズの魔法使い』は一転して異端書とされて、図書館から姿を消してしまったとされています。

しかし、発表して100年ほどが経った2000年以降、児童書批評誌『ホーン・ブック・マガジン』が「不変のメッセージを伝え続けている」といった好意的な評価をしているように、少しずつ『オズの魔法使い』をめぐる環境は変わり始めました。ドロシーたちが会おうとしたオズの魔法使いはただのペテン師であったものの、カカシやブリキの木こり、ライオンが願い求めたものはすでに持っていたように、大切なものはいつでも自分のすぐそばにあったことをこの物語は読者に伝え続けています。時間がかかったとはいえ、『オズの魔法使い』は無利益でも、臆病にさせてしまうものでもないと、人々は気づいたのです。

 

「卑猥な小説」として見なされた、鴎外の自伝的作品。

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日本でも取り扱い禁止となってしまった作品は少なくありません。森鴎外の自伝的な小説『ヰタ・セクスアリス』は文芸誌「スバル」へと掲載された当初、「卑猥な小説」と見なされたことから発禁処分を受けてしまいました。

タイトルにもある『ヰタ・セクスアリス』とは、ラテン語で「禁欲的生活」を意味する言葉。主人公の哲学者、金井湛かない しずかは読んだ本にあった「性欲が絵画になったり、彫刻になったり、音楽になったり、小説脚本になったりする」ことに驚くと同時に、「性欲とは何か」という疑問に行き当たります。そこで以前から抱いていた「何か文章を書いてみたい」といった考えと疑問が結びつき、金井は「ちょうど好いから、一つおれの性欲の歴史を書いてみようかしらん。」と思い立ちます。言わば『ヰタ・セクスアリス』は、金井湛というひとりの人間の、6歳から童貞を喪失した21歳までの性に関するエピソードをたどる作品です。

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幼少時に偶然にも春画を目にした思い出をきっかけに性を意識し、自分の知らない大人の世界を知ったことを面白がる金井。やがて学校で出会った童貞の友人ふたりと同盟を組み、吉原へ繰り出すといった日々が淡々と綴られています。

21歳になった金井は学校を卒業した後、新聞社に寄せた原稿のお礼として吉原を訪れます。その夜、ついに童貞を失った時のエピソードが語られています。その様子もまた、部屋の描写が多く、行為そのものについては触れられていないのです。

「あなたお足袋を」
この脱衣婆だついばばが僕の紺足袋を脱がせた手際は実に驚くべきものであった。そして僕を柔かに、しかも反抗の出来ないように、襖のあなたへ連れ込んだ。
八畳の間である。正面は床の間で、袋に入れた琴が立て掛けてある。黒塗に蒔絵のしてある衣桁いこうが縦に一間を為切しきって、その一方に床が取ってある。婆あさんは柔かに、しかも反抗の出来ないように、僕を横にならせてしまった。僕は白状する。番新の手腕はいかにも巧妙であった。しかしこれに反抗することは、絶待的不可能であったのではない。僕の抗抵力を麻痺させたのは、たしかに僕の性欲であった。

「性欲の虎を飼い慣らしていた」金井は吉原で童貞を失った夜から「女に対すると何となく尻込みや赤面をしたり、言葉がもつれる」といったことがなくなります。ただ行為そのものを描写するのではなく、作品全体を通して性欲を冷静かつ分析的に読み解こうとしています。

政府からは「卑猥な小説」と見なされたこの作品ですが、実は直接的に性的な描写がされていません。むしろ、哲学の視点から性を解き明かそうとした作品です。それは金井が「学術的に性を読み解いたものが無いのなら、自分が書こう」と思い立った点からもうかがえます。

ではなぜ、『ヰタ・セクスアリス』は「卑猥な作品」として見なされたのでしょうか。それは作品が発表された当時は、「作中の表現に関わらず、性的な題材を取り扱ったものは問答無用で発禁処分にされていた」という時代だったため。物事の見方が大きく変わった戦後、発禁処分は解かれて無事に私たちが読めるようになりましたが、この『ヰタ・セクスアリス』は今と昔の「性」に対するイメージの違いがうかがえる作品といえるでしょう。

 

闇に葬り去られるはずだった『ユリシーズ』を救った、ある書店。

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アイルランドの作家、ジェイムズ・ジョイスによる長編小説『ユリシーズ』は、ダブリンに住む冴えない中年の広告取り、ブルームの暮らしを「意識の流れ」(※)やパロディ、ジョークなどあらゆる手法によって描いた作品です。その豊かな表現方法は20世紀最高の文学とも言われていますが、かつては「表現が過激」、「倒錯的で粗野なテーマを扱っている」といった理由からアメリカとイギリスにおいて発禁処分を受けています。もともと『ユリシーズ』はアメリカの雑誌、『リトル・レビュー』に掲載されていましたが、ニューヨーク悪書追放協会による告訴を受けて出版ができなくなってしまったのです。

出版が絶望的になった『ユリシーズ』を救ったのは、パリにある書店、シェイクスピア・アンド・カンパニー書店の経営者、シルヴィア・ビーチでした。彼女は「もう私の本が出版されることは無いに違いない」と語るジョイスを励まし、『ユリシーズ』の校正を担当。予約制の限定本として出版のために資金を集めるなどジョイスを支え続けました。

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シェイクスピア・アンド・カンパニー書店の常連だったヘミングウェイも、『ユリシーズ』を服の下に隠して渡米し、こっそりとアメリカ国内に作品を広めるといった形で協力します。現在、『ユリシーズ』は発禁処分が解かれてアメリカでも問題なく読むことができますが、その背景にはシルヴィアとヘミングウェイのサポートがあったのです。もしもふたりの協力がなかったら、その後の文学作品は少し違ったものになっていたのかもしれません。

※人間の精神の中に絶えず流れる主観的な思考・感覚を記述していく手法

 

憂き目に遭いながらも、今ここにある物語。

現在、書店に並んでいる作品には「卑猥」、「悪影響」といった理由から、弾圧された過去を持つものも数多くあります。それは時代とともに物事の捉え方が変わったことで取り扱いができるようになったもの、第三者の協力によって日の目を見たものなどさまざまです。しかし共通しているのは、いずれも読者に感動や気づきを与えるところでしょう。

今私たちが手に取ることのできる物語の裏にも、数々の歴史あり。物語そのものだけでなく、物語が生まれた背景などにも注目してみてはいかがでしょうか。

初出:P+D MAGAZINE(2017/05/31)

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