物語のつくりかた 第20回 土橋章宏さん(脚本家・小説家)
僕はもともとエンジニア出身で、会社員時代は実験場に閉じこもって研究に明け暮れる生活を送っていました。それが退職して自分でウェブ制作会社を始めてから、記事の執筆を手掛けるようになったことで、文章を書く面白さに目覚めたんです。
学生時代から小説や漫画を山ほど読んでいたので、創作への憧れはありました。そこで、本腰を入れて勉強してみようと小説教室に通い始めたのですが、小説というのは自由度が高すぎて、逆に何を書いていいのかわかりません。何でもいいというのは、素人にとってはかえって不自由なんです。
まずは基本的な〝型〟を身につけたいと考えていたところ、周囲から勧められたのが脚本でした。小説講座よりも脚本講座のほうが若い女性が大勢いるし、これはいいぞとすぐに乗り換えることにしました(笑)。
とはいえ、実技的な面でも得るものは多かったです。たとえば、脚本の世界には「三幕構成」と呼ばれる、ハリウッド式のセオリーが存在しています。
簡単に言えばこれは、物語を三つに分けて、最初に舞台や主人公に関する説明を行い、次に何らかの対立を作り出し、そして最後に解決するという、ハリウッド映画のお決まりの構造のこと。その手の解説書を読み漁ってみると、実際にヒットしている映画の多くが、この方式に則って構成されていることがすぐにわかりました。
もちろん、この手法に頼ることでワンパターンに陥る懸念はあるのですが、根が理系の僕からすると、こうした創作作法をロジックで学べるのはありがたいことでした。何より、型が身についていなければ応用が利きません。しっかりと型を学んだ上でそれを崩す「型破り」と、そもそも型を持っていない「型なし」は大きく違いますからね。
果たして、脚本は肌に合っていたようで、最初に書いた作品をたまたま見つけたコンクールに応募してみたところ、それが最終選考まで残りました。講座の先生も褒めてくれるし、周りもちやほやしてくれるしで、いっそうこの世界にハマってしまいました(笑)。
脚本化を前提に原作作品を描く
一方で、小説を完全に諦めたわけではなく、こちらも自分なりに書き続けていたところ、伊豆文学賞という賞をもらうことができました。
小説の醍醐味は、やはり表現や描写の力でしょう。映画の脚本のように、要所要所にドキドキさせる仕掛けを施さなくても、日常を綴るだけで読ませることができるのは、小説ならではです。純文学などはまさにその極みで、これは脚本にはない楽しみですよね。
それでも先に脚本家としての活動を始めることになったのは、単純に脚本のほうで賞をいただいたのが少しだけ早かったからです。小説は賞をもらってから本になるまで時間がかかるので、一足先に脚本のほうが仕事として軌道に乗ったんです。
その後、城戸賞に応募し、入選を果たした『超高速!参勤交代』の映画化が決定しました。どうせならこの脚本を小説にもしたいと思い、関係者に相談したところ、小説家としてデビューが決まりました。以来、小説のほうもコンスタントに作品を発表することができています。
こうしてオリジナルが書けるというのは、実は脚本家として大きな強みです。どんなに腕が良くても、自分で物語を生み出せないがゆえにチャンスをもらえない脚本家も大勢いますから。その意味でも、まず自分で原作となる物語を小説の形で発表し、それを自ら脚本にして映像化するという流れは、非常に効率がいいわけです。
間もなくドラマ化される『駄犬道中おかげ参り』も、まさにこのパターンでした。ある時、『超高速!参勤交代』の本木克英監督から、お伊勢参りをしたくてもできない主人の代わりにお参りに行く「代参犬」の話を聞いたのがきっかけです。絵的に面白そうだから、まずは小説にしてみましょうかと、話はトントン拍子に運びました。
代参犬というメインの題材が決まっているので、次はこれをどう煮詰めていくかが問題です。『駄犬道中おかげ参り』の場合は、「週刊ポスト」での連載が決まったことから、その読者層を意識しました。
中高年の皆さんに、この物語を自分事として共感してもらうためにはどうすればいいか。そこで思いついたのが博打でした。
僕は昔からギャンブルが大好きなのですが、不思議なもので、歳を重ねるにつれてだんだん勝てなくなってくるものなんです。スロットにしても株のトレードにしても、なぜか若い頃のような運が巡ってこなくなる。そんな中高年ならではの悲哀を込めたのが、賭場で多額の借金を背負ってしまう、主人公の辰五郎というキャラクターでした。
やはり映画でも小説でも、人はダメな奴に共感するものです。その点、僕は関西人なので、自虐ネタは得意なんですよ(笑)。
演じる側の心を知り脇役にも魂を込める
原作のある、ひとつの物語を脚本にする作業というのは、翻訳に近いかもしれません。
一本の長編小説を二時間の映像にすべて収めることは、まず不可能ですから、どうしてもストーリーを圧縮せざるを得ません。映像向きのシーンをいくつか抜粋し、アレンジを加えて編集していくんです。
原作をそのまますべて忠実に再現できないのは、原作者にとって残念なことかもしれません。でもその代わりに、映像には色と動きがつきます。これが原作者にも楽しんでもらえるひとつのポイントと言えるでしょう。
だから少なくとも僕の場合、映像ではなるべくセリフに頼らないようにして、動きでその場面を表現できるように意識しています。
たまに、アレンジの方針で制作スタッフと原作者が揉めるケースを耳にしますが、これはどちらが悪いというものでもなく、それぞれの思いや表現作法の違いがあるので仕方のないことでしょう。
その点、僕の場合はそもそも自分の原作を自分で脚本にしていくことが多いので、揉めようがありません。これは現場の皆さんにとっても都合がいいことでしょうね。
しかし、脚本家はただストーリーを脚本の形に落とし込めばいいわけではありません。作品と制作スタッフ全体を見渡して、その脚本が監督や演者からどう見られるかを、僕は常に意識するようにしています。監督の視点から求められるものと、演者の視点から求められるものはやはり異なります。
そこで、演じる側のリアルな心境を知るために、昨年からお芝居のスクールに顔を出し、俳優さんとお話をする機会を得るようにしています。
当たり前のことですが、撮影現場ではすべての登場人物ごとに演者がいます。一人ひとりのキャラクターを、その俳優さんがどんな気持ちで演じているのか知ることで、物語のつくりかたはまた変わってきます。
単なる脇役であったとしても、演じる側はいろんな思いを込めてその役にあたっていますから、こちらも手を抜くことができません。たとえ一瞬しか登場しないキャラクターであっても、その人物がどんな背景を持っているのかをちゃんと考えて描くことで、脚本の質は上がると僕は思っています。
そして、脚本でも小説でも、僕が大切にしたいのは、見た人がスカッとしてくれる、誰もが楽しめるエンターテインメントであること。一部の賢い人たちだけが楽しめる娯楽よりも、大勢の皆さんに楽しんでいただける作品でありたいと思っています。
土橋章宏(どばし・あきひろ)
1969年大阪府生まれ。関西大学工学部卒業。2009年『スマイリング』で函館港イルミナシオン映画祭第13回シナリオ大賞グランプリ受賞。同年、『海煙』で第13回伊豆文学賞優秀作品賞受賞。11年『緋色のアーティクル』で第3回TBS連ドラ・シナリオ大賞入選。同年『超高速!参勤交代』で第37回 城戸賞を、同賞初の審査委員オール満点で受賞。主な脚本作品に『引っ越し大名!』など、小説作品に『いも殿さま』などがある。
Q&A
1. 夜型? 朝型?
一般的なサラリーマンの方と同じ、9時から17時まで働いているので、朝型になるでしょうか。意外と規則正しい生活が肌に合うんです。ただし、僕の場合は昼寝付きですけどね(笑)。
2. お酒は飲みますか?
弱いけど、好きです。自宅で晩酌というより、飲み会などにはマメに顔を出して、酒場を人間観察の機会にあてている感じです。
3. 趣味は?
釣りです。春先はシーバスが釣れるので、毎晩のように海へ出ています。住まいはいつも、歩いて釣り場に行ける場所を条件に決めているほどです。あと、ギャンブルが好きなので、麻雀のMリーグはテレビでよく見ています。女流雀士の黒沢咲さんがお気に入りで、彼女が役満を上がる姿を見るのは、松井秀喜がホームランを打った時くらいスカッとしますね。
4. ストレス解消法は?
音楽を聴くことが多いです。最近はサブスク制のサービスで、昔の曲から今の曲まで何でも聴き放題なのがいいですね。高校時代に聴いていた、80年代のロックがとくに好きです。
5. 影響を受けた漫画は?
さっと思い浮かぶのは『スラムダンク』や『ブラック・ジャック』など。最近では『鬼滅の刃』が面白いですね。これはあらゆるエンタメの技法を取り入れた傑作だと思います。
6. 影響を受けた映画は?
『砂の器』。橋本忍さんの脚本が昔から大好きなんです。
7. もし今この仕事をしていなかったら、どんな仕事をしていたと思いますか?
漁師でしょうか。毎日釣りができるのではないかと、真剣に憧れています。