物語のつくりかた 第4回 前川知大さん (劇作家・演出家)

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 生きたまま彼岸を覗く──そんなコンセプトから命名された「イキウメ」。主宰でもある前川知大さんがSFや超常的なモチーフで紡ぐ不思議な物語は、見る者に「人間とはなにか」を問いかけ続けている。今、もっとも注目を集める劇作家の、創作の源泉にさかのぼる。

 人間として何か欠落した存在が、失ったものを補完していく「ピノキオ」的枠組みの物語は、以前から興味があって書いていたんです。例えば映画にもなった『散歩する侵略者』は、地球を侵略しに来た宇宙人が町の人と会話することで「家族」「所有」「時間」などの抽象的な概念を学習していく話です。

 今回の公演「図書館的人生」は3つの短篇で構成し、そのテーマを「感情」「衝動」「思い出」としました。この3つは、実はAI(人工知能)が最も苦手とするものなんです。

 この秋放送されるテレビドラマの脚本を執筆したのですが、そのテーマがAIでした。事前にいろいろリサーチするなかで、スクウェア・エニックスのゲームAI制作者である三宅陽一郎さんに伺った話がとても印象的だったんです。AIは迷わないし、白黒明確に判断するし、エラーはあってもミスはない。人間のように感情に流されて"うっかり"ということもない。そういう点で「あいつら悟ってるんですよ」とおっしゃる。逆に、迷ったり、葛藤したりしてミスをするような知性を作るのは、非常に難しい、と。

 人間がなかなか悟れない、迷いから自由になれないのは「感情」「衝動」「思い出」に縛られているから。でも一生懸命煩悩から逃れようと修行までする人もいる一方で、煩悩のないAIには、人間性を感じられないでしょう。「人間とはなにか」という究極的な問いを考えるテーマとして、とても興味深いと感じました。そこで、テレビドラマではAIが肉体を得て、煩悩を獲得していき、人間に近づいていく話を軸にしたんです。

 それと、「感情に襲われる」って表現があるじゃないですか。自分自身の内側から湧いてくるにも拘わらず、どうしようもないものを「襲ってくる」と表現するのは面白いな、と以前から思っていて。そのフレーズに立脚した物語を書きたいと考えていたんです。そこで劇団での公演は、AIは自分の中の裏テーマのような設定にして、これらの「襲ってくるもの」を掘り下げて短篇作品を作ることにしました。

ドアを閉めて最後まで書く

 長篇は作るのにすごく時間も労力もかかるけれど、短篇はワンテーマ、ワンシチュエーションでチャレンジできる。長篇を作るときのようなプレッシャーもあまり感じることなく、思い切って試行錯誤できるのがいいですね。切れ味の鋭い短篇ができることもあれば、登場人物が凄く魅力的になったり、もっとこのシチュエーションに人物を登場させたくなったりして、さらに大きな物語のタネが生まれることもあります。挑戦とはいえ、実験的になりすぎないようにも気を配りながら作っています。

 アイディアのストックはあまりなくて、その時々に自分が興味を持っていることを深掘りしていって物語を作る、ということが多いです。着想は、たいていシチュエーションかキャラクターからスタートします。誰が何を演じるかを考えずに作っていくこともあるし、まだアイディアがぼんやりしているときに、演じる俳優と結びつくことで一気にイメージが膨らむこともあります。

 物語のプロットができたところで、具体的に舞台美術をどう作るか、アイディアを出しあいます。美術家のアイディアで舞台上の人物の立ち位置、動き方も変わってくるので、ストーリーのここを変更しよう、など調整していくことも多いですね。そのうえで台詞などを作り上げていきます。

 直接的に舞台上で語られない、人物の背景も作りこみます。もちろん、物語上で起きる出来事に対応していくだけでどんどん進んでいく強いストーリーもありますが、基本は会話なので、言葉の端々に登場人物の性格とか、経験がにじみ出る。物語を作っていて、登場人物が動かないなあ、と思ったら、バックボーンを考えます。家族構成とか、何が好きかとか。稽古の現場ではそれを俳優と話し合う。人間って現実には論理的でない行動もするものだけど、その人物の過去を共有することで、俳優もイメージがしやすくなるし、観客側も受け入れやすくなるんです。

 実際に稽古をしていく中で修整し仕上げていくところはありますが、物語の8割は書斎で作ったほうがいいと考えています。演劇においては集団創作は重視されていて、テーマだけ設定して俳優がエチュード(即興の演技)を繰り返し、シーンとキャラクターを作り上げていく方法を取ったこともありました。それはそれですごく面白かったんです。でも、そのぶん尖ったところにいかないような、「イキウメ」らしさが薄れてしまうような気がして、結局止めてしまいました。

 いまは、第一稿は最初から最後まで絶対一人で書く、と決めています。スティーヴン・キングが『書くことについて』で言っていたことを思い出したんですよ。「ドアを閉めて書け。ドアをあけて書きなおせ」。二稿目からは他者の意見を聞いて変える勇気を持つ。ただし一稿目は誰にも相談しない、ということ。自分の力だけで最後まで書ききる。物語作家としての個性を最大限に出すために必要なことだと思います。でもそれってすごくつらくて苦しいから、グループワークをしたときに、これは良いぞって思ったんですけど(笑)。

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海外文学濫読からお遍路さんの旅へ

 高校を中退して、料理人になろうと思って上京しました。アルバイトして生活していた頃、兄に触発されて本を読むようになったんです。でも、古本屋でまとめて買ってきた本は海外文学ばかりで、さっぱり面白くないし眠くなるし(笑)。そんなときにこれは行間スカスカで読みやすい、って思ったのがプラトンの「対話篇」でした。議論自体も面白かったですし。とにかく読んだ本を積み上げていきたかったから、読みやすい会話形式、戯曲を好んで読むようになって、それが劇作の根っこにあるのかなと今となっては思います。

 バイクが好きだったこともあって、ケルアックとかギンズバーグのいわゆるビートニクにハマった時期もありました。彼らの作品はアメリカに入ってきた禅の影響が大きいんですよ。そういうカウンターカルチャーの中にある禅がすごくカッコよく見えて、それから仏教について興味を持って知ろうとするようになりました。ちょうど、みうらじゅんさんといとうせいこうさんが「見仏記」をやっていたのにも影響を受けて、仏教に関する本を読んだり、四国のお遍路さんを回ったりしました。

 父が庭師だったんですが、絵や音楽やバイクが趣味の人で、僕も多分に影響を受けています。もしかしたら庭作りにあたっては、仏教的なものも含めていろいろ考えていたのかもしれないけれど、ちょうど僕が創作を始めたころに他界してしまって、今となってはもっと話を聞いておけばよかったなあと思います。

 仏教や仏像は今でも好きで、作劇のヒントにもなっていますね。引っ越し業者が段ボールを運ぶイメージをもとに、現代版"賽の河原"にシチュエーションをスライドして『賽の河原で踊りまくる「亡霊」』という物語を作ったこともありました。小石より段ボールのほうが舞台上では視認しやすいし、中身が空っぽの箱をひたすら積み上げる不毛さがすごく強調される。物語が持っているメッセージと、小道具の見た目、そこに帯びる意味がぴったり合うと、「見立て」という面白さが生まれます。

 今作でも、無機質なものに人格を見出してしまうような演出上の工夫を考えています。舞台で展開する物語を見ているうちに、目の前の単なる「物体」が人間性を持っているように感じたり、共感したりしてしまうのは演劇ならではの体験です。

(構成/奥田素子)

前川知大(まえかわ・ともひろ)

1974年新潟県生まれ。2003年、「イキウメ」を結成。以降、劇団公演の全作品の作・演出を手掛ける。11年『プランクトンの踊り場』で鶴屋南北戯曲賞、同年上演の『太陽』で第63回読売文学賞戯曲・シナリオ賞、『奇ッ怪 其ノ弍』『太陽』で第19回読売演劇大賞 大賞、最優秀演出家賞など受賞歴多数。また、17年「イキウメ」として第52回紀伊國屋演劇賞団体賞を受賞。劇団作品をもとにした映画『散歩する侵略者』は、第70回カンヌ国際映画祭に出品されたほか、世界各国でも上映された。

前川知大さんをもっと知る
Q&A


Q1. 犬派? 猫派?

A1. 猫派! 実家で飼ってました。

Q2. 夜型? 朝型?

A2. 完全朝型です。5時起床です。

Q3. マイベスト小説は?

A3. 悩むけど……『ライ麦畑でつかまえて』。

Q4. マイベスト映画は?

A4. 『2001年宇宙の旅』は外せない。 あと『ファイト・クラブ』。

Q5. お仕事の必需品は?

A5. BGM。仕事に入る前はクラシックで心を落ち着かせて、アイディア出しは新しい音楽をいろいろ聞きながら。集中するときはポストロック。仕事以外はラジオを流しっぱなしです。

Q6. 劇作家になってなかったら?

A6. やっぱり料理人でしょうねぇ。

Q7. ハマっている料理は?

A7. 休日の前は、乾物の豆とか昆布を戻すところから始めます。切り干し大根を干すところから作ることも。

Q8. お酒は飲みますか?

A8. 大好きです。ビール、ワイン、日本酒。醸造酒派。

Q9. 休みの日、料理以外ですることは?

A9. 走る。ふだんも走ってますけど、 休みの日は10キロくらい走ります。

Q10. 願掛けなどはしますか?

A10. 公演の前後に新宿の花園神社にお参り。 いちど行ったら、習慣になっちゃいました。


 

『図書館的人生Vol.4   襲ってくるもの』

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誰かの何気ない一言で湧き上がってきた感情。突然、心の中に火花のように現れては消えていく衝動。見知らぬ人の芳香や懐かしい音楽が、否応なしに引きずりだす思い出。無視することはできても、無かったことにはできない。意識の中の魔物についての短篇集。

▼「イキウメ」公式サイトはこちら
http://www.ikiume.jp/kouengaiyou.html

作・演出:前川知大
出演:浜田信也 安井順平 盛 隆二 森下 創 大窪人衛/小野ゆり子 清水葉月 田村健太郎 千葉雅子
東京公演:5月15日(火)~6月3日(日)
東京芸術劇場シアターイースト
大阪公演:6月7日(木)~6月10日(日)
ABCホール

(「STORY BOX」2018年5月号掲載)
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