物語のつくりかた 第5回 箭内道彦さん (クリエイティブディレクター)

yanaisan

 

 テレビCMや広告のクリエイティブだけでなく、音楽フェスの企画、フリーペーパー「月刊 風とロック」の発行など、枠にとらわれることなく活動の場を広げる箭内道彦さん。表現形態を変えながらも根底にあるのは、広告したいものへの愛に他ならない。その想いは、独特の手法で作られた物語に乗せて、多くの人のもとに届けられる。

 テレビのCMは15秒、30秒という短い時間で見せるものです。その方法論のひとつに、「本物らしい」ことを作り上げるというものがあると思います。本当のことは強く伝わる。実はそういうCMって少ないんです。

 はごろもフーズの「シーチキン食堂」というシリーズCMがあります。広告代理店がメインキャストに宮﨑あおいさん、舞台は食堂という枠組みを決めて、その後、僕にオファーが来ました。そこで僕は「漁師役はミュージシャンにしていいですか、だったらやります」と答えました。

 僕はミュージシャンという生き物が大好きで、彼ら彼女らが醸し出すものや伝えてくれるものが、CMのきちっとした世界では珍しい魅力を作ってくれるだろうと思ったんです。漁師の衣装を着ることでアーティストイメージからも解放され、歌ったり喋ったりを楽しむ。自然に出てくるワクワク感やキラキラ感を逃さずにカメラに収めて、いちばんいい15秒を切り取る。「美味しい」って言わされるより、本当に食べた感想を言ってもらったほうが、見ている側も食べたくなるでしょう(笑)。外見から入ることは大事ですね。「漁師の格好させられちゃったから」という言い訳を用意することで、より自由になれる。普段着で食堂に来てご飯を食べるのでは、あの空気感は出ないと思うんです。

 CMの中で、そんなに複雑なストーリーを構築しているわけではないんです。架空の話をみっちり作るのではなくて、既にいる面白い生き物たちの面白さを最大限に活かしながら、まだ自分で気づいていない魅力を引き出す演出をしています。それがここ10年くらいの作り方の基本ですね。昔はとにかくびっくりさせたい、バカだなって言われたい一心でしたけど、歳を重ねたり、9・11や東日本大震災を経て、強くて優しいものを志向していくようになりました。

ノンフィクションとフィクションの間に

 以前手がけたリクルート「ゼクシィ」のCMでは樹木希林さんと内田裕也さんに登場してもらいました。長く結婚していながら、ずっと別居しているご夫婦。「結婚の良さって何ですか」という質問を投げかけるCMですが、あえて結論は出しませんでした。見る人がお二人の"これまで"と"これから"を想像し、自分の人生を重ねる。視聴者に委ねて、そこに一人一人の物語を見出してもらう。

 このCMの意味がわからないって言う人もいるし、自分も共感できると言う人もいます。賛否両論みたいな単純なことじゃなく、非常に多層的な受け取られ方をするんです。

「シーチキン食堂」もそうですが、僕の作るものは、登場人物が半分以上本人なんです。ドラマとCMの違いってそこにある。役名のある架空の人物を演じるのではなく、フィクションとノンフィクションの間を行ったり来たりする感じですね。

 東京メトロのCMは、石原さとみさんが東京の魅力を見つける、出会う瞬間を撮っています。CMはきちっと作り込んでいますけど、WEBで公開している「チャレンジ動画」では石原さんと僕が二人で台本もないままいろんなことに挑戦しています。会話しながらもんじゃ焼きを作ったり、飴細工や陶芸に挑んでもらったり。カメラも僕が持っている1台だけ。もしかしたら撮り逃した瞬間もあるかもしれないけど(笑)、程よい距離感で、この組み合わせでなければ仕上がらない、よそで見ることができない石原さんの表情を撮りたいなって思っています。こういう距離のとり方って、僕自身が時々テレビに出たりして、撮られる側の苦しさとか晒されることの痛みも知らないわけではない、ということも関係しているのかもしれませんね。

 ドキュメンタリーのような作り方は、何人かの人から学びました。是枝裕和さんに、オーディションに応募してくるミュージシャンのドキュメンタリーを撮ってもらったことがあって。是枝さんが撮りながらインタビューするんですけど、助け舟を出したり答えやすく質問を言い換えたりとか一切しないんですよ。ただただ答えに悩んでいる顔とか、困っている顔を黙って撮っている。冷徹だなあ、とも思いましたけど、これがドキュメンタリーか、と思ったのは大きかったですね。

 一方で、20年ほど昔、あるミュージックビデオを撮影した時、完成版を見たミュージシャンに「頑張って撮影に臨んだけど、すごく嫌だった」と言われたことがありました。僕はその仕事の責任者ではなかったけど、それがトラウマになるくらい衝撃で。本人が嫌だと感じることをやらせるのは絶対間違ってるって思ったんです。

 だから「シーチキン食堂」でも撮影後に宮﨑さんが「今日も本当に楽しかった」って言って帰っていくことが僕はとても嬉しい。ぬるま湯とか、なあなあな現場ということではなく、本当に楽しいからこそ生まれる輝きというか、第三者が見た時に感じる喜びとか羨ましさが出てくる。悲しいとか、怒っている人がいる現場はいちばん嫌ですね。

できるだけ実のない話を生中継したい

 僕が編集、発行している「月刊 風とロック」でも、読者が見た時に羨ましく感じるくらい楽しそうな写真ばかり選んでます。基本的に、各号ひとりのアーティストの写真と話で表紙から最後まで埋め尽くします。取材対象を決めたら密着して撮影してインタビューをして。これも他の媒体で話すことはいらないや、と思っています。ニューシングルの話、一切しません。できるだけ実のない話をノーカットで生中継したい(笑)。飲み会の、三人目の参加者のような視点で読んでくれたらいいですね。そうすると、アーティストのこれまでやこれから、バックボーンが物語として見えてくるんじゃないかと思うんですよ。

kikikirinsan

 

 自分がオーナーになって発行しているフリーペーパーだから、「好きな人しか出さない」って公言しています。だからクライアントやスポンサーの意見を聞く必要が一切ない。なんなら読者のために作っているわけでもない(笑)、自分のための思い出スクラップブックみたいなもの。広告の作り方とは真逆だけど、その中で得たものが広告の仕事に確実に生きてきているんです。

 第一号刊行から13年たちます。僕自身は何も変わってないけど、世の中のメディアに対する変化は感じますね。当初は、0円で発行してくれてありがとうという声も聞いたんですが、最近では紙媒体であることによって、欲しい人までなかなか行き届かない不満もあるのかなと思います。でも有料にするのは本末転倒だし、WEBやデータではなく紙の本という物質として存在している宝物性を大事にしたい。スマホの中にも宝物の写真はあるんですけど、手に取れるとか、ベッドの下に隠しておけるとか、時にはちょっと邪魔だったりする、存在する宝物を作り続けたい。

 CDが無くなるって危惧されていますが、ジャケットがあって、間違ってコーヒーこぼして茶色くなっちゃって、みたいなことにしか表現できない宝物性があると思うんです。それを読者の皆さんにおすそ分けして、好きなものを共有する喜びを感じています。

「月刊 風とロック」100号記念の時に、「風とロックの主題歌」という曲を宮藤官九郎さんが作ってくれたんですよ。その中に「風とロックでみんな笑ってる」っていう歌詞があって、聞いた瞬間に心のど真ん中に刺さったんです。クドカンに「凄いね、あの歌詞」って言ったら「サザエさんの『みんなが笑ってる』の感じで書いただけですよ」って言うんですけど(笑)。でも、僕はその言葉の通り、「みんな笑ってる」状態を作りたくてCMを作るし、イベントもやるし、「月刊 風とロック」を作るし。座右の銘みたいな言葉ですね。

 

(構成/奥田素子 撮影/田中麻以)

箭内道彦(やない・みちひこ)
1964年、福島県郡山市出身。東京藝術大学美術学部デザイン科卒。博報堂を経て、「風とロック」設立。タワーレコード「NO MUSIC,NO LIFE.」、リクルートゼクシィ「Get Old with Me」「芸人30人、本気のプロポーズ」、サントリー「ほろよい」などの広告を手掛ける。東京藝術大学美術学部デザイン科准教授。「渋谷のラジオ」理事長。「月刊 風とロック」発行人。2011年NHK紅白歌合戦に「猪苗代湖ズ」のギタリストとして出場するなど、多岐にわたり活動。

 

箭内道彦さんをもっと知る
Q&A

Q1. 犬派? 猫派?

A1. 犬派です。しじみというトイプードルがいます。

Q2. 夜型? 朝型?

A2. 朝型。4時くらいから活動してます。

Q3. ご自身にとってのヒーローは?

A3. 忌野清志郎さんですね。

Q4. お仕事の必需品は?

A4. 健康ですかねえ。仕事はなるべく手ぶらで行きます。

Q5. アイディアメモはありますか?

A5. ないです。覚えているアイディアが良いアイディアです。

Q6. 初めて買ったレコードは?

A6. 「ブルーライト・ヨコハマ」と「怪物くん」を同時に。すごい組み合わせ(笑)。

Q7. お酒は飲みますか?

A7. 外で飲むときはレモンサワー、 家で飲むときはワイン。

Q8. 好きな本は?

A8. 谷川俊太郎さんの詩集と、 佐野洋子さんの『100万回生きたねこ』。

Q9. ゲン担ぎ、願掛けはしますか?

A9. 金髪かな。Dr.コパさんに金色のものを身に着けなさいって言われたんですけど、既に金髪だったから「これだっ」て(笑)。

Q10. 記憶に残る、ファンからの言葉は?

A10. 東日本大震災の翌日、僕のラジオが特別番組に変更になって。そこにリスナーから「番組が休みだったら、箭内さんは発信しないんですか」とメールが来た。ズキンときて、目が覚めました。自分から活動する勇気が湧きました。


 

『風とロック芋煮会2018  KAZETOROCK IMONY 学園』

kazetorock

"福島県の一年の中で、いちばん楽しい日をつくりたい。"
そんな思いから毎年秋に開催される音楽フェス。チケットの収益は"東北ライブハウス大作戦 with LIVE福島"及び熊本地震復興のために寄付される。出演は怒髪天、BRAHMAN、MAN WITH A MISSION、レキシ、岡崎体育、MONOEYES、でんぱ組.inc、SILENT SIREN、ホリエアツシ(ストレイテナー)、THE BACK HORNなど。

2018年9月8日(土)9日(日)
会場:福島県白河市しらさかの森スポーツ公園
5月19日(土)より、各プレイガイドにてチケット販売開始。
詳しくは http://kazetorockimonikai.jp/2018/ をご覧ください。

 

(「STORY BOX」2018年6月号掲載)
【著者インタビュー】吉村萬壱『回遊人』
マツリとしての選挙の実相を描く『民俗選挙のゆくえ 津軽選挙vs甲州選挙』