杉田陽平さん インタビュー連載「私の本」vol.14 第2回

杉田陽平さん

ありきたりの価値観ではなく、自分なりの言葉や眼差しや姿勢が Amazon Prime Video で配信中の恋愛リアリティ番組『バチェロレッテ・ジャパン』のなかで輝いていた現代美術家の杉田陽平さん。その意識はどのように芽生え、構築されていったのでしょうか。ご本人が「自分の人生の核となっている」という絵本のお話とともに、教えていただきました。


赤い魚のなかにいる黒い魚の成長

 子供の頃から、『スイミー―ちいさなかしこいさかなのはなし』という絵本が大好きでした。スイミーは広い海のなかで楽しく暮らす赤い魚の兄弟に混じっている、一匹だけ真っ黒な魚です。

 スイミーは自分はダメだと感じているけれど、組みあわせ次第で「あなただからこういうポジションにいられるんだよ」と教えられたり、少しずつ大きなものを乗り越えて、やがて自分の存在を肯定できるようになっていきます。

 この本の価値観は、自分の人生のなかでかなり大きな軸になっていて、『バチェロレッテ』に出演したときの僕は、完全にスイミーのような存在だったと思います。でも黒いからこそ際立たせてもらったり、輝かせてもらったところがあったんですね。

 同じく、影も見方によって美しいこともあるし、曇りの日や雨の日も、実はさまざまなニュアンスや色に満ちている。そんなふうに視点を変えると、ものごとが違って見えるというのは世のなかにたくさんあると思います。

 萌子さんも、ありきたりではない価値や言葉をとても大切にする人でした。自己啓発本に書かれているような言葉じゃなくて、その人ならではの姿勢や眼差しというのを見たい人なんです。不格好でもいいから一生懸命食い下がるとか、自分なりに正直な言葉で話すということに価値を置いていたんですね。

杉田陽平さん

 たとえば「うれしい」という感情があったとして、その想いというのは真四角ではなくて有機的な柔らかいものなわけです。それを無理やり「うれしい」という四角の枠のなかにあてはめてしまうと、はみ出た部分が相手に伝わらなくなってしまう。

 好きな人と一緒にいられてうれしかったとしても、不安とかいろんな思いが渦巻いていて、その柔らかい部分のアウトラインを表現するのが言葉なのではないかと感じます。

画家になってから知った言葉の怖さと喜び

 そういった言葉への意識というのは、僕も画家になってから獲得したものです。プロの画家になったばかりのころは、画廊で自分で絵を売ったこともよくありました。

 当時はほとんどの人が僕を知らないから、1ヶ月個展があると朝から晩まで毎日そこにいて、誰が来るかわからないけれど、とりあえず自分の気持ちを伝えます。それでなんとか自分のファンになって帰ってもらうのです。

 相手がアートに慣れたコレクターの場合もあるし、サラリーマンとか、小さな子供のこともあります。相手によって伝わる言葉も違うから、その人に最もダイレクトに響く言葉を、なにもないところから探していく。その手探りの作業を続けた結果、数十万円の作品でも買ってくれるようになっていきました。

 そのあと、なにを描いても売れるという時代が訪れます。いまから8年ほど前のことです。電話ひとつで絵が売れてしまったりするさまを見て、絵を評価したり買ってくれる人を信じられなくなった時期があったんです。

 それで影響を受けた大先輩の言葉とか、インスパイアされた小説のフレーズといった借りものの言葉を使って自分の想いを表現したら、SNSで炎上して、一度仕事がすべてなくなったことがありました。美術界から干されたのです。

 そのときに、言葉の怖さというのをまざまざと知って、それなら下手くそでもいいから自分の言葉で記すべきだと、それ以降はすごく言葉に気をつけるようになりました。

 そんなふうに言葉の恐ろしさも、言葉がグリップして相手に感動を呼ぶ喜びもその両方を知っているから、今回の番組ではそれが知らず知らずのうちに活きたのだと思います。

普段見落としがちなものをアートに

 ありきたりではない価値を求めるというのは、絵にも共通しています。僕は決まったものを何度も何度も描くということはしません。

 脇役だったものを主役に変えるとか、普段見落としがちなきれいなものをアート化していくことが、アーティストとしての僕の仕事だと思っているんです。番組のなかでは、萌子さんと一緒に2枚のアクリル板に絵具を入れて押すシーンが出てきます。押す圧力で変わるその偶然性とか、表情豊かに混ざりあう色の感じとか、失敗が成功になったりする、そういうすべてがおもしろいんですね。

杉田陽平さん

 僕の作品で有名なものにアクリルシリーズというのがありますが、それが生まれたのも、子供のころ絵を描くときに無造作に絵具を出したパレットがきれいだと思ったことがきっかけです。アクリル絵具を紙パレットのうえに出して、それが乾くときれいに剥がれるので、その「皮」で絵を描いていきます。

「皮」で作品を作るというのは当時は異端だったと思いますが、いまはお陰様でとても高い評価をいただいています。そんなふうにみんなの見方や捉え方を変えたいという想いが、僕のなかには強くあるんです。

(次回へつづきます)
(取材・構成/鳥海美奈子 撮影/藤岡雅樹)

杉田陽平(すぎた・ようへい)
画家。1983年、三重県津市生まれ。武蔵野美術大学造形学部油絵科卒業。2020年、Amazon Prime Videoで配信された恋愛リアリティ番組「バチェロレッテ・ジャパン」に参加。恋愛に対するひたむきな姿勢と言葉のセンスが注目をよび、〝杉ちゃん〟の愛称で多くの人に親しまれた。

「私の本」アーカイヴ

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