杉田陽平さん インタビュー連載「私の本」vol.14 第1回

杉田陽平さん

ひとりの独身男性を女性たちが奪いあう婚活サバイバル『バチェラー・ジャパン』。その男女逆転版『バチェロレッテ・ジャパン』が昨年10月に Amazon Prime Video で配信になりました。初代バチェロレッテとなった福田萌子さんの心を射止めるために17人の男性たちが集うなか、始めは地味な存在だったのに回を追うごとに魅力を増し、「杉ちゃん」の愛称で話題をさらったのが現代美術家の杉田陽平さんです。その舞台裏と、本との意外な関係を明かしてくださいました。


アートに興味を持って欲しいと番組に参加

 僕が『バチェロレッテ』に参加したのは、何気ない理由でした。まず一昨年末に彼女にフラれて、そのあとお正月を三重の実家で過ごしたんです。そのときに姉の子供たちと戯れていたら、「普通の幸せって素晴らしいな」と、ふとそう感じたんですね。

 それまでは画家一筋で、本気でアートの世界と向き合うなら他のことは捨てなければいけないという意識がありました。プライオリティがあるとすれば、やはり彼女とか結婚というのは2番目とか3番目になってしまうんですよ。

 それからまもなくして、この番組のオーディションがあると知った。「真実の愛を見つける旅」というテーマなので、そのあたりはもう勘というか、あ、出てみようかなという感じだったんです。

 でも、参加者としてのオーディションを進めていくうちに「本当にこれでいいんだろうか」という迷いや怖さも同時に出てきました。現代アーティストが番組に出てなにをやっているんだ、と言われるリスクだってありますよね。

 それでも、自分は番組になにかしらの可能性があるような気がしてならなかったんです。あれだけ実業家やモデルといったきらびやかな男性陣が並ぶなかで、イロモノ扱いされてぱっとしなかったとしても、現代アートとはなにかを知ってもらったり、自分がどんな考えでアートと向き合っているかに興味を持ってもらえればいい、少しでも爪痕を残せればいいんじゃないか、と。その両方を天秤にかけて、参加を決めました。

 結果的に、萌子さんのような素敵な女性から選ばれるというわかりやすい目的は達成できなかったけれど、想像したとおりそれまでアートに接する機会がなかった人から「アートって面白そう」と感じてもらえたり、「アーティストって破天荒な人ばかりだと思っていたけど、意外にそうでもないんだね」と言ってもらえたりしたのはうれしい副産物でした。

ライバルに勝つために読んだ将棋の本

 あの番組は本当にリアルで、嘘がないんです。カメラが回っている以外のところで萌子さんと話すこともできないし、打ち合わせもまったくない、一発撮りなんですよ。そのリアルの積み重ねが番組となって放映されています。

杉田陽平さん

 だから萌子さんと話すチャンスのある5分とか、ときには1分のなかで、なにを感じ取るかがとても大切でした。彼女の服とか、香水の匂いが変わったとか、言葉にすごく気をつけている人だとか、そういう小さな欠片をヒントにして、それを言葉やイラストでノートにメモしていたんです。それをやっていたのは僕だけだったので、萌子さんはとても喜んでくれていましたね。

 一方、他の男性陣はといえば、みんなとにかく身体を鍛えていました。撮影中に宿泊していたホテルでも、プールやサウナにいつも行っていて。「えっ、どうして?」「鍛えたらモテるの?」と思いましたけれど、もう僕はまにあわないじゃないですか(笑)。

 だから僕は、本を読んでいたんです。ライバルがたくさんいる勝負の世界なので、勝負とはなにかを知ろうと思って、羽生善治の将棋の本を持って行った。みんながジムで身体を鍛えているあいだに、僕は頭を鍛えていたんですね(笑)。

 棋士が興味深いのは精神がすごく穏やかだということです。なぜならニュートラルな精神のほうが高いパフォーマンスを生み出せるからだといいます。それを知って自分も、萌子さんとのワンチャンスをミスることのないように、冷静になろうと考えたりしました。

 それでも、他の男性たちとはライバルだったのと同時に、すごくいい関係を築けたんです。一緒に過ごす時間が長いので、やはりお互い愛着のようなものも湧きますし。僕はもともとすごく他人に興味を持つタイプで、参加している人たちはみな尊敬できるパーソナリティの人ばかりだったから、その良いところを自分なりに吸収して、少しずつパワーアップしていったところもありました。

生活や恋愛のなかにアートを

 萌子さんという女性そのものがアートな存在だったけれど、僕は生活のなかにアートがあるとか、恋愛のなかにアートが潜んでいるということがとても大切だと思っています。そうすれば、日々がときめきに満ちたものになるはずだから。今回の番組では、そういう考え方をみなさんが理解してくださったところもあるのかなと思っています。

 じつは番組終了後、企業とのコラボレーションの話をけっこういただいたんです。そのひとつが、離乳食を始めた赤ちゃんがコップで飲めるようになるまでの練習用マグカップメーカー「リッチェル」です。

 大きなシェアを持つ会社なので子供たちの多くはこの練習用マグカップを通過して成長していきます。いまは透明なマグカップにみなさんキティちゃんのシールを貼ったりしているんですが、それをアートにできないか、というのをいま一緒に考えさせていただいていて。

 5歳になってマグカップを使い終わったあとも窓際に置いてアートとして楽しめるようにできればな、と。アートというのは高値で購入できる一部の人のものになりがちですが、子供のときからそうやってアートと触れられる機会があるのはとても大切なことだし、それが毎日のなかにアートを取り入れるきっかけになってくれたら嬉しいと考えています。

杉田陽平さんアトリエ

(次回へつづきます)
(取材・構成/鳥海美奈子 撮影/藤岡雅樹)

杉田陽平(すぎた・ようへい)
画家。1983年、三重県津市生まれ。武蔵野美術大学造形学部油絵科卒業。2020年、Amazon Prime Videoで配信された恋愛リアリティ番組「バチェロレッテ・ジャパン」に参加。恋愛に対するひたむきな姿勢と言葉のセンスが注目をよび、〝杉ちゃん〟の愛称で多くの人に親しまれた。

「私の本」アーカイヴ

HKT48田島芽瑠の「読メル幸せ」第34回
デヴィッド・グレーバー 著、酒井隆史、芳賀達彦、森田和樹 訳『ブルシット・ジョブ クソどうでもいい仕事の理論』/仕事の価値を改めて問い直す一冊