思い出の味 ◈ 須賀しのぶ

第17回
「初夏の味」
思い出の味 ◈ 須賀しのぶ

 小学校では学年ごとにさまざまな植物を育てたが、いつ何の植物を育てたかは曖昧だ。その中でじゃが芋だけは覚えている。小学六年生の春だった。

 芋を育てる過程で光合成の実験をし、でんぷんを調べ、最後は収穫して食べる。大半の人が経験したはずだし、おそらくそのじゃが芋はとびきり美味しかったのではないかと思う。私が覚えているのも、そのせいだ。

 とれたて、しかも自分がとったものはやはり美味しい。芋掘り体験の薩摩芋を焼いて食べるのもやっぱり美味しかった。みんなで騒いで落ち葉を集めるのも楽しいし、その中から焼き上がった薩摩芋を取りだして、熱さをこらえてアルミホイルを剝きホクホクの甘みを味わうのは最高の贅沢だ。家の石油ストーブでもよく焼いたのに、それより美味しく感じたのは、ひとえにみんなで掘って焼くというイベント感のなせるわざだ。そういう意味では、じゃが芋も同じなのだろう。じゃが芋なんてほとんど毎日のように食卓にのぼる、薩摩芋以上にありきたりな食材だ。だが、種芋を手ずから植えて発芽に喜び、わずか数ヶ月とはいえ苦楽をともにした(おおげさ)じゃが芋は、一日だけ参加した芋掘りとはもう全然、格が違う。

 食べたのは六月の土曜日だった。そこまで覚えている。皆で給食室に運び、わくわくして待っていると、給食係がバットを運んでくる。蓋を開けばもわっと湯気があがり、ゆであがった新じゃが芋がゴロゴロ入っていた。教室のあちこちから「あちい!」と笑いまじりの声があがる。私は皮を剝かずそのまま割り、塩をふって食べた。ふうふう息を吹きかけて、それでも舌の付け根と上顎が痺れるぐらい熱くて、なのに口から出そうと思わないぐらい美味しかった。それまで好きでも嫌いでもなかった、食卓においては有象無象の脇役でしかなかった芋が、主役に躍り出た瞬間だった。以来、じゃが芋料理ならなんでも大好きで、今も頻繁にいろんな種類の芋をお取り寄せしている。それでもやっぱり、あの時のじゃが芋より美味しい芋に出会ったことはない。きらきらした、初夏の日射しの味だった。

須賀しのぶ(すが・しのぶ)

1972年埼玉県生まれ。94年「惑星童話」でコバルト・ノベル大賞読者大賞を受賞しデビュー。2013年『芙蓉千里』三部作でセンス・オブ・ジェンダー大賞、16年『革命前夜』で大藪春彦賞受賞。最新刊は『夏空白花』。

〈「STORY BOX」2019年3月号掲載〉
「奇妙な味」ってどんな味? 小説用語を徹底解説
◎編集者コラム【特別版】◎ 『アップルと月の光とテイラーの選択』中濵ひびき 訳/竹内要江