◎編集者コラム◎ 『戻る男』山本甲士
◎編集者コラム◎
『戻る男』山本甲士
誰にでも、できれば忘れてしまいたいような痛恨の出来事や記憶がいくつかあるはずです。もし、過去に戻ってその記憶を変えることができればどんなにいいことでしょう。
本書は、主人公の作家・新居航生が見知らぬ男からの手紙を受け取ることから物語が始まります。男は八木俊太郎と名乗り、グループでタイムスリップを研究しているというのです。
八木は、新居がタイムスリップを扱っている小説を多く書いていることで連絡をしてきたのです。手紙によれば、タイムスリップでは4つのことが分かっているといいます。
第1は、過去へのタイムスリップが可能で、未来へはできないということ。
第2は、過去でも、タイムスリップできる範囲は当人が生きていた時代に限られる、ということです。
第3は、戻るのは当時の自分自身に戻る、あるいは当時の自分自身に重なる、ということです。
そして第4は、過去にタイムスリップしても、その後を大きく変えるようなことを実行するのは不可能、ということです。
つまり、小さな事実なら過去に戻って変更することができるのだと言います。
そして新居に、50万円で実際にタイムスリップを体験しないとかという提案をしていました。
最初は、いたずらか新手の詐欺かと思った新居でしたが、そのタイムスリップを体験してみようと決心します。大ヒット作品を生み出したものの、その後パッとしない新居は、ある出版社に話して自分の体験を書こうと思ったのです。
電話がかかってきて、その日の午後に体験することになった新居。八木の指示に従ってある部屋に入り、話をしているうちに、いつの間にか過去に戻っていました。新居は中二の秋、文化祭の時に戻りたかったのです。そこで、堀江という同級生にちょっかいを出され、その時何もできなかったせいで、その後いじめの標的になった経験を変えたいと思ったのです。
いつの間にか、新居は学生服を着て市民会館のホールの席に座っていました……。
その後、当時の人々に会いに行くことで、新居は過去に向き合い、自らの心境に変化が起こります。タイムスリップは成功したのか。新居の過去は変えられたのか。そして、八木の正体とは!?
ミステリアスな展開で、ラストはしみじみとさせてくれる不思議な味わいをもった長編小説です。