大切だけど思い出すのは…そんな淡い過去とさよならする本
『林檎の樹』(ゴールズワージー著)を読み始めた当初は、
この本がその後人生最高の本の一冊になるとは思いませんでした。
薄い文庫本で、すぐ読めるという理由から手にした『林檎の樹』(ゴールズワージー著)。
本という本をちゃんと読んでこなかった当時18歳の私は、手にしたこの本がその後人生最高の本の一冊になるとは思ってもみませんでした。
銀婚式の日に訪れた緑豊かな丘。そこにぽつんと建つ小さなお墓を見つけた男は、ここに眠る人は幸せだ、と自分の人生を重ねながら、なんとなく感傷に浸っていた。愛する妻と訪れたまさにその地は26年前、一人の少女に永遠の愛を誓ったその場所だった。ようやくそのことに気が付いた男は土地を知る老人からお墓の持つ物語を聞いていくと、若かりしころの自分が下した決断の意味も知ることになる。
緑覆う丘をなでる風の音さえ聞こえてくるような叙情性豊かな文章が英国の田園風景を鮮やかに映し出します。
美しい田園風景といえば、ブッカー賞を受賞したカズオ・イシグロの『日の名残り』を思い浮かべる人もいるのではないでしょうか。
英国の執事である老境にさしかかった男は、アメリカから来た新しい主に仕えていた。これまでかつての主に仕えながら伝統と品格を重んじ生きてきた男は新しい主のくだけた振る舞いに戸惑いながらも、何とか受け入れようと少しずつ自分の殻を破っていこうとするが……。
牧歌的な風景の中を一人旅する道中、かつて同じ館に仕え、苦楽を共にした一人の女性に対する閉じ込めていた淡い感情の扉がゆっくりと開かれていきます。
恋愛に対して、女性と男性の目線は違うはず。島本理生の『ナラタージュ』は、高校時代の元教師との間にある、越えるに越えられない壁にもがき、傷つきながらも自分の道を前へ進もうとする等身大の女性を描いた恋愛小説です。
好きだった気持ちを閉じ込め、別の恋をしようと努力し、意図せずに気持ちがまた溢れ出す。友人との関係や、過去の想いが重なりながら自分の気持ちを確かめていく主人公の姿は、自身の恋愛に自然とシンクロされていく読者も多いはず。
彼女の鼓動の高鳴りが読み手にも届いてきそうな優しく切ない物語です。10月に公開される映画にも注目です。
切ない思い出に別れを告げ、前に進まなければいけない瞬間は誰にでも訪れるはず。そんな時こんな本を読んだら、心の中でひとつの章の幕が静かに降りていくのかもしれません。