今月のイチオシ本【歴史・時代小説】

『天地に燦たり』
川越宗一
文藝春秋

 松本清張賞は、歴史時代小説に限っても岩井三四二、梶よう子、村木嵐、青山文平ら第一線で活躍する作家を世に送り出してきた。『天地に燦たり』で、松本清張賞を受賞してデビューした川越宗一も、先輩たちに続く存在になるだろう。

 日本の歴史小説は、一人の人物に焦点を当てる紀伝体を用いる作品が多い。これに対し本書は、秀吉の九州征伐、朝鮮出兵、島津の琉球侵攻へ至る歴史を、島津の重臣・大野久高、朝鮮では最下層の身分だった明鐘、琉球の密偵・真市を軸に描くスケールの大きな群像劇になっており、この野心的な試みに驚かされた。

 島津の武将・久高は、儒教を学び、他者を敬愛する「礼」がなければ人は禽獣になると考えているが、戦場に出れば卓越した武勇と戦略で敵を翻弄するので、迫力の合戦シーンが描かれる。賤民として差別されてきた明鐘は、酒好きながら優れた師の道学先生に儒教を学び、自分たちを抑圧している朝鮮社会の矛盾に気付く。その明鐘が、秀吉の朝鮮出兵の混乱に乗じて栄達しようとする展開は、ピカレスクロマンを思わせる痛快さがある。そして儒教の「礼」を重んじる「守礼之邦」とされる琉球の密偵で、久高と明鐘を繋ぐ狂言回し的な真市が暗躍する場面は、国際謀略小説的な面白さがある。

 このように本書は、様々なジャンルをミックスしながら進んでいくので、合戦のスペクタクルが好きでも、静かなサスペンスが好きでも満足できるはずだ。

 久高、明鐘、真市は儒教の「礼」を重んじているが、理想通りの平和な国を作れず、戦乱を止められない現実に直面し苦悩する。こうしたギャップは、生きていれば誰もが経験するはずなので、三人の葛藤に共感する読者は多いだろうし、なぜ人類はいまだに戦争をなくせないのかを考えるヒントも与えてくれる。

 本書は、難解な言い回しが多い硬い文章と何度も繰り返される儒教の解説が、物語のドライブ感を削いでいるなど改善の余地も少なくない。ただ著者が、新人離れした筆力と歴史への深い洞察力を持っているのは確かなので、今後、大きく成長するのは間違いあるまい。

(文/末國善己)
〈「STORY BOX」2018年9月号掲載〉
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