◉話題作、読んで観る?◉ 第37回「ノマドランド」
ノマドと呼ばれる新しい生き方が注目を集めている。本来は遊牧民を意味していたノマドだが、米国ではリーマンショック以降に家賃の支払いに困窮し、トレーラーハウスやワゴン車で暮らす人が増えつつある。そんな現代の遊牧民たちの生活を描いたのが『ノマドランド』だ。
米国ネバダ州で暮らしていた60代の女性ファーン(フランシス・マクドーマンド)は、中古のバンに乗り、終わりのない旅に出る。長年、夫婦で地元企業に勤めていたが、夫に先立たれ、企業は経営難で倒産。家族と職を失ったファーンは、旅先で季節労働に従事することに。
ノマドはシニア世代が多いが、トラブルが起きればノマド同士で助け合い、どこの街にどんな仕事があるかなどの情報を共有しあう。広大な荒野を渡り歩く姿は、かつての西部開拓者のようでもある。
クリスマスシーズンになると、多くのノマドを雇い入れるのがアマゾン社の物流センター。巨大な倉庫で、ファーンは商品をピックアップし続ける。単純作業で、下半身に堪える重労働だ。原作であるノンフィクション『ノマド 漂流する高齢労働者たち』は労働力を搾取する大企業を批判的に書いているが、ファーンは仕事に関する愚痴はいっさいこぼさず、ひたむきに働き続ける。
雇用条件は不安定で、しんどい肉体労働ばかり。将来に対する不安もある。それでもファーンはひとつの土地に縛られず、自由に生きる道を選ぶ。旅の生活の中で大自然を身近に感じ、新しい街での新しい出逢いに喜びを見出す。『ファーゴ』『スリー・ビルボード』で芯の強い女性像を演じたマクドーマンド、中国出身の女性監督クロエ・ジャオらの生き方も、ファーンには投影されているようだ。
原作に登場した実在のノマドたちが本人役で出演し、それぞれ家を捨てた事情を語る。彼らはハウスレスであっても、ホームレスではないという自負がある。ファーンの旅の行く末に何が待っているのか興味深い。
4月25日(日本時間で26日)に発表されるアカデミー賞では作品賞、監督賞、主演女優賞、脚色賞、撮影賞、編集賞の6部門にノミネートされている。派手さのないロードムービーだが、アカデミー賞授賞式では脚光を浴びるに違いない。
原作はコレ☟
『ノマド 漂流する高齢労働者たち』
ジェシカ・ブルーダー/著 鈴木素子/訳
(春秋社)
(文/長野辰次)
〈「STORY BOX」2021年5月号掲載〉