「推してけ! 推してけ!」第6回 ◆『かすがい食堂』(伽古屋圭市・著)

「推してけ! 推してけ!」第7回 ◆『かすがい食堂』(伽古屋圭市・著)

評者・瀧井朝世 
(ライター)

美味しい料理の先に希望を見出す


 とても丁寧に、真摯に書かれた小説。それが、伽古屋圭市『かすがい食堂』を読んで真っ先に抱いた印象だ。駄菓子屋の奥にある、とても小さな子ども食堂の物語である。

 憧れていた映像制作の会社に入ったものの激務で倒れ、3年勤めて退職した春日井楓子は、80歳になる祖母が営んできた「駄菓子屋かすがい」を継ぐことに。1か月ほど経った頃、楓子は店によく来る少年が、菓子を夕食として買っていると気づく。聞けば夜勤の仕事をしている母親もそれを認めているという。それでも放っておけない楓子は咄嗟に、翔琉という名のその少年に、店で一緒に食事しようと提案する。実はこの駄菓子屋、以前は店の奥で軽食も提供していたのだ。それを機に、他にも摂食障害など食事に関する問題や秘密を抱える子どもたちが、ここにやってくるようになる。

 楓子は正義感が強く、ややお節介。決して料理は得意ではない。翔琉に対して「食べることの意味」をどう教えようかと悩むが、そんな彼女に祖母は言う。

「彼と一緒に学べばいいんだ。食育なんて大上段に構えず、間違っても教えてあげるなんて思わないことだよ」

 その言葉に触発されて、彼女は翔琉にただ食事を提供するだけでなく、一緒に買い物や料理をして、自らもいろいろと学んでいく。コミカルな部分もあり、ごく普通のスーパーで買った食材を使って一般的な家庭料理を作っただけなのに、それを食する際の彼女の感激っぷりは、大仰なグルメリポーターのよう。また、時には熱弁を振るうが、子どもたちのポカンとした反応が面白い。この主人公、結構空回りしているのだ。ただ、そんな人間だからこそ、躊躇なく他人に手を差し伸べられるのだともいえる。また、憧れだった仕事を辞めた過去は、世の中のままならなさや、挫折の苦さを彼女に実感させたはず。困っている人たちに気持ちを寄り添わすことができるのは、それも一因だろう。

 著者は2009年に『パチプロ・コード』(文庫化の際に『パチンコと暗号の追跡ゲーム』に改題)で『このミステリーがすごい!』大賞優秀賞を受賞し、翌年デビュー。ミステリー作品を多く発表してきただけに、本作も、楓子が子どもたちの事情を探る過程に謎解き要素が感じられる。それが非常に効果的に現れているのが第4話だ。同級生に邪険に扱われる少女を見かけ、いじめられていると思った楓子が声をかけて助けるのだが、本人は頑なにイジメを否定する。その言葉を楓子は信じないのだが、やがて意外な事実に気づくのだ。表面だけ見て判断する危うさが浮かび上がる展開なうえ、子どもにだって意志や自尊心があり、大人がそれを尊重せずに一方的に弱者扱いしていいのだろうか、と思わせる内容になっている。

 本作に収録されるのは4話。連作短篇集として決して本数は多くはないが、それだけ1話1話が丁寧に作られている。どれも一発大逆転の安易な解決策が提示されるわけではないものの、たとえば1話から登場する翔琉が少しずつ明るさを獲得していくように、子どもたちはみな少しずつ前に進んでいく。そして、子どもたちを導こうとするわけでもなく、善行を施していると悦に入るわけでもなく、ただひたすら一人ひとりと向き合っていく楓子もまた、彼らと一緒に成長しているのだ。

 楓子が〈「食は栄養を摂るもの」という考えに囚われすぎているのではないか〉〈食は、もっと自由な発想で捉えてもいいはずだ〉と気づく場面がある。翔琉に「食べることの意味」を教えようとしていた頃の彼女は、まさに「食は栄養を摂るもの」と考えていただろう。だが少年少女との交流のなかで考えが変わったのだ。彼女が放つ「自分なりの食事をする意味を見つけようよ」という言葉は、読み手にも投げかけられている。そして、彼女が食堂で提供している一番重要なものは、食の楽しさをみんなで味わう体験だ、と読みながら気づく。

 料理を題材にした小説は昔から人気があり、さまざまな切り口の作品が世に出ている。昨今は、手料理を食べさせることで生じる支配と被支配の構造や、食べ物の好みが合わない者同士の関係構築の難しさなど、苦い側面を扱った作品もよく見かける。本作もまた、「美味しい料理を提供すれば万事OK」とはいかない状況を丁寧に掬い取る現代的な一作だ。それでも希望を見出そうとする過程を描き、さまざまな示唆を与えてくれる。著者の意向は分からないが、続篇を期待したい。

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かすがい食堂

『かすがい食堂』
著/伽古屋圭市


瀧井朝世(たきい・あさよ)
多くの雑誌、ウェブ媒体などで作家インタビュー、書評、対談企画などを担当。著書に、『偏愛読書トライアングル』『あの人とあの本の話』『ほんのよもやま話 作家対談集』がある。

〈「STORY BOX」2021年5月号掲載〉

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