◉話題作、読んで観る?◉ 第42回「護られなかった者たちへ」
10月1日(金)より全国ロードショー
映画オフィシャルサイト
〝どんでん返しの帝王〟の異名を持つ人気作家・中山七里が「河北新報」に連載した小説の映画化。『64 ロクヨン』『友罪』などで知られる瀬々敬久監督が、福祉制度だけでは救うことができない格差社会の闇に迫った社会派ミステリーに仕上げている。
舞台となるのは宮城県仙台市。震災の記憶が薄れゆく中、福祉事務所に勤める公務員、その元上司が、次々と餓死死体となって発見された。遺体は人目につかない廃屋で拘束されていた状態だったことから、県警の笘篠刑事(阿部寛)らは殺人事件として捜査を進める。
容疑者として浮上したのは、刑務所を出所したばかりの利根(佐藤健)。身寄りのない利根は8年前に被害者らが勤めていた福祉事務所で暴れ、放火した前科があった。職務に忠実だった真面目な公務員は、なぜ餓死という残酷な殺され方をしたのか。そして、第3の殺人も実行されようとしていた。
本作のモチーフとなっているのは、生活保護の申請に対して自治体側が行なう「水際作戦」。福祉予算には限りがあるため、年々増え続ける申請は申請条件や書類に不備があると却下されてしまう。2012年には保護申請をしていた札幌市のマンションで暮らす姉妹が申請を認められずに孤立死するなど、実在の事件がたびたび起きている。
死に至る前に、なぜもっと懸命に助けを求めなかったのかと疑問に思う人もいるかもしれないが、生活が困窮し、ライフラインを断ち切られると、生きる気力さえも失ってしまう。不正受給者がいる一方で、本当に助けが必要な人ほど声を出せずにいるという歯痒い実情がある。
そんな矛盾した社会を少しでも是正しようとする若いケースワーカー役の清原果耶、利根が親以上に慕い続けた老女役の倍賞美津子らが好演。現実世界を投影した悲しい物語を、魅力的な人間ドラマにしている。
脚本家・林民夫と瀬々監督が脚色した本作では、老女を死に追いやった憎むべきものの正体をはっきりと明かしている。その正体は「思考停止」である。護るべき側も、助けを必要とする側も、考えることを止めたとき、最悪の結果が訪れる。原作によりツイストが掛かったラストまで、見逃せない。
(文/長野辰次)
〈「STORY BOX」2021年10月号掲載〉