ポストモダンの旗手 高橋源一郎

ポストモダンを代表する作家として活躍し続ける高橋源一郎は、様々なカルチャーを織り交ぜたりパロディを駆使したりといった前衛的な作風で知られています。今回は、評論やラジオなど、多様な活躍を見せる高橋源一郎のおすすめ6作品を紹介します。

ポップ文学最高の作品、『さようなら、ギャングたち』


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あんまり長い間つらい目に会った人間は意地悪になってしまう。もちろん意地悪にならない人間だっている。多分それは頭がいかれてしまったからだ。わたしみたいに。

すこし、ナイスなきもちになってきたぞ。
そうとも。
ベリ・ナイス、ベリ・ナイス、ベリ、ナイスなきもちに。

大学生の時に拘置所に入る体験などを経て失語症となった高橋源一郎は、その後10年ほど肉体労働に従事しながら、本作で第4回群像新人長編小説賞の優秀作に選ばれ、デビューします。
この作品には、若い頃から読んできた現代詩の影響や、様々な文化からの引用が見られ、従来の長編小説の枠を壊したようなものが多くあります。以前は親から名前を貰っていた人々が自分で自分に名前をつけるようになった世界で、語り手の「わたし」は「中島みゆきのソングブック」という女性と出会い、猫の「ヘンリー四世」と共に暮らしています。「わたし」は詩の学校で教えながら、昔別の女性との間にできた子供「キャラウェイ」の喪失を抱え、詩の学校の人々やギャングたちと出会い物語は混沌へと進んでいきます。詩のような断章で構成され、そのあらすじはあるようで無いようなもの。「わたし」と「彼女」はどうなるのか。ギャングとは何なのか。そもそも名前とは詩とは何なのか。この小説自体が何かよく分からないものです。きっと読んだ後に新鮮な感情が浮かび上がってくるでしょう。この作品は吉本隆明に高く評価され、ポップ文学最高の作品とまで言われています。

幻のデビュー作『ジョン・レノン対火星人』


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住所はなく、消印は「葛飾」そして差し出し人の名前は、
「素晴らしい日本の戦争」
となっていた。

この作品は、第24回群像新人文学賞に応募して落選した『すばらしい日本の戦争』を書き換えたものです、ポルノ作家の「わたし」は、「すばらしい日本の戦争」という人物からのハガキを受け取ります。そこには死躰についての文章が書かれてあり、後にそれを書いた人物と出会います。「わたし」は、その人物の頭の中から死躰を追い払い、様々な方法で彼を救うことを試みていきます。高橋の実際の体験を元にしたと言われ、独特な文体で暴力やエロが描かれている作品です。

野球をめぐる物語『優雅で感傷的な日本野球』


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わたしの仕事というのは、本棚から何冊か本を抜き出し、ていねいに読み、そこに野球に関する重要な記述があれば、それを大学ノートに万年筆で書き写していくことだ。

第1回三島由紀夫賞を受賞した本作は、野球が滅びてしまった世界において、図書館の本などから野球を再現しようとするところから始まります。スランプに陥る野球選手や監督を描きながら、全てが野球に収斂していくような不思議な小説です。パロディやパスティーシュ(作風の模倣のこと)を駆使しながら、複雑ながらも言葉や意味の深淵に迫っていくような作品です。

近代文学のスターたちが現代に蘇る『日本文学盛衰史』


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「啄木は渋谷でブルセラショップの店長をやっているそうだ」
金田一京助がこのショッキングなニュースを山本太市郎から聞いたのは明治四十三年の夏のことであった。

人類が誕生してからいままでにいったい何人の人間が死んだのか。問題は、誰も帰って来なかったことなのだが。残されるのは言葉ばかりで、だから、ぼくたちはおおいに死者を誤解する。だが、やがてぼくもまた誤解される側にまわるだろう。

第13回伊藤整文学賞を受賞した本作は、文学史を新たな視点で紐解く、近現代文学の作家たちが現代に蘇ったような作品です。石川啄木がブルセラショップの店長になったり、田山花袋がアダルトビデオの監督になったりします。何をどう書くかということに苦悩しながら近代文学を作った作家たちを巡る壮大な作品です。2018年には、平田オリザの青年団によって演劇にもなりました。続編『今夜はひとりぼっちかい?日本文学盛衰史 戦後文学篇』も刊行されています。

宮沢賢治トリビュート『ミヤザワケンジ・グレーテストヒッツ』


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おれ、最初に読んだ時から絶対、これAVになると思ってたのよね、女の子がふたりでレストランに入ってだんだんは裸になっていって、最後に乱交で終わるAVに。ってもちろん、ミヤザワケンジの『注文の多い料理店』ね。

第16回宮沢賢治賞を受賞している本作は、『日本文学盛衰史』において出すことができなかった宮沢賢治の作品を基に、換骨奪胎する形で高橋が新しい作品を書いた短編集です。アダルトビデオ業界で働く男と2人の女性を巡る「注文の多い料理店」や老いていく父親を描く「春と修羅」など、宮沢童話の要素をどこか残しながらも、全く新しい作品たちに仕上がっています。

不謹慎な問題作『恋する原発』


出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4309415199

おれたちは、なにもしゃべらず、テレビを見ながら、会議室にずっとこもっていた。おれたちは、死ぬほど津波の映像を見た。そして、なにもかもが流されるところも。それから、ゲンパツが爆発するところも。

震災後支援チャリティーのためにアダルトビデオを作るという、不謹慎とも言えるテーマで作られた問題作です。アメリカの同時多発テロ時に温めていたものを、震災後すぐに発表した作品で、物語は震災後文学論を間に挟みながら、徹底的して不謹慎に進んでいきます。しかし、それがゆえに現実の方がおかしいのではないかと思わせる、東日本大震災について改めて考えさせられる作品です。笑えて泣ける壮大なラストは圧巻です。

おわりに

高橋源一郎は、小説だけではなく、読書論や小説論なども手がけています。大学での職務を終え、作家としての活動にとどまらず、ラジオのパーソナリティーや最近ではYoutubeでも活躍しています。言葉に対して真摯でありながら、パロディやナンセンスを駆使して暴力やエロを描く作品は、新しい読書体験をもたらしてくれるでしょう。

初出:P+D MAGAZINE(2021/09/30)

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