◉話題作、読んで観る?◉ 第53回「百花」

◉話題作、読んで観る?◉ 第53回「百花」
監督=川村元気|脚本=平瀬謙太朗/川村元気|音楽=網守将平|出演=菅田将暉/原田美枝子/長澤まさみ/北村有起哉/岡山天音/河合優実/長塚圭史/板谷由夏/神野三鈴/永瀬正敏/配給=東宝
9月9日(金)より全国ロードショー
映画オフィシャルサイト

 これまでに『告白』『君の名は。』など数多くのヒット映画を放ってきた川村元気プロデューサーが、監督として自身の小説を初めて映画化した。母親と息子との記憶をめぐる愛憎劇となっている。

 レコード会社に勤める泉(菅田将暉)は、シングルマザーである百合子(原田美枝子)に育てられた。久しぶりに実家に戻ると、百合子の様子がおかしい。病院での検査の結果、百合子は認知症と診断される。

 次第に記憶を失い、深夜徘徊を重ねるようになる百合子。そんな母の世話を焼くことで、逆に泉はさまざまな記憶を思い出すようになる。なかでも忘れられないのは、百合子が自分を残して出奔したつらい体験だった。

 女手ひとつで育ててくれた母親に対する愛情だけでなく、戻ってきたとはいえ幼い自分を一時的に捨てたことへの憎しみも泉は抱えている。その分だけ、この母子の関係はより深いものになっていた。

 会社の同僚・香織(長澤まさみ)と結婚し、もうすぐ父親になる泉は「自分は本当に親になれるのか」という葛藤と闘いながら、母の介護と妻の出産という大人への通過儀礼と向き合うことになる。

 物語後半、介護施設で暮らすようになった百合子は「半分の花火が見たい……」とつぶやく。「半分の花火」とは何か? オーソン・ウェルズの初監督作『市民ケーン』のキーワード「薔薇のつぼみ」と同じように、泉はこの言葉の謎を追っていく。

 やがて、「半分の花火」の正体が明かされ、泉は母と分かち合った記憶の大切さに気づく。あらゆる情報がインプットされるAI(人工知能)と違い、生きた人間は過ちを犯し、やがて年老いて、記憶も薄れていくことになる。だが、それゆえに限られた命を持つ人間が愛おしく感じられる。一瞬で消える花火のせつなさが目に焼き付く。

 ひとつのシーンの中で女の顔、母の顔、少女の顔と、多彩な一面を演じてみせた原田美枝子の存在が出色。大河ドラマ『鎌倉殿の13人』から一転し、菅田将暉も繊細な演技をみせている。本作がデビュー作となる川村監督の1シーン1カットという演出スタイルが、キャストの魅力をうまく引き出したと言えるだろう。

原作はコレ☟

百花

『百花』
川村元気/著
文春文庫

(文/長野辰次)
〈「STORY BOX」2022年9月号掲載〉

◎編集者コラム◎ 『本を守ろうとする猫の話』夏川草介
◎編集者コラム◎ 『1794』ニクラス・ナット・オ・ダーグ 訳/ヘレンハルメ美穂