週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.21 吉見書店竜南店 柳下博幸さん


星を掬う

『星を掬う』
町田そのこ
中央公論新社

 週末、貴方がフラリと書店に寄ったとします。お気に入りの漫画の新刊チェックも兼ねて訪れる馴染みの書店。「お? 雑誌の表紙だけでも季節感出るものなんだね」店内レイアウトや初々しいレジスタッフの入れ替わりにも、季節の移り変わりを感じてほっこりするのでしょう。そんな時、店頭に積みあがったこの本『星を掬う』が目に留まります。

「母と娘の物語……か」帯文の惹句に、及び腰になる男性も多いかもしれません。女子の世界に加え血のつながりまで足されたら、おいそれとは踏み込めない世界ですものね。わかりますわかります……って! そのまま売場に戻すなんてもったいない。

 現実を正しく理解するためには、あるべき姿ではなく、あるがままの姿を知らなければならないのだから。

 

 元夫からの執拗なDVに苦しんでいる主人公・千鶴は小さいころ母親に見捨てられた記憶に縛られていた。どん底を攫うように生きている彼女には、過去の記憶だけが星のように闇を照らす燐光だ。その「母親と一緒に旅をした記憶」、それは母との別れの記憶。

 その時の思い出をラジオ番組に投稿したことで運命が動き出す。

 音信不通だった母を知る人物から「会いたい」と連絡が入る。

 

〈もう、無理だ〉絞り出すように吐き出される惨状。

 町田そのこが描く地方都市で唇を噛みしめながら必死に生きる女性は、ただただ目をそむけたくなるほどにリアルだ。

 食費を削り、化粧品も買わず、唯一の贅沢は1日数粒の飴玉だけ。パン工場の夜勤を選んだのはパンが食べ放題だったから。そこまでの惨状に追い込んだ元夫の暴力と搾取。

 そこから救い出してくれたのは母を「ママ」と呼ぶ若い女性だった。

〈あたしたちと一緒に暮らそう。(中略)だってほんとうの母娘でしょう?〉

 同時に、母親が若年性認知症を発症していることを知る。

 不安と後悔と希望にすがりようやく辿り着いた母との奇妙な共同生活は、互いに意識し、理解しようともがき、ぶつかりながらゆっくりと歩んでいた。

 

〈母はぶるるっと大きく震えたかと思うと、「あああ!」と悲鳴を上げた。〉

 読む手が止まったのは「認知症」の描写だった。この病気のことを知ってはいたけれど、本当は目を背けていただけなのだと現実を突きつけられた。

〈ねぇ、お願い。私を、捨てて。私が、あんたを捨てるんじゃないの。あんたが、私を捨ててよ〉

 つぶやかれた母親の言葉。介護が身近に感じられる私ぐらいの歳には、ひたすら重い描写が続く。

 それでも読むのを止められない。この母娘の行方を見届けるまでは。

 

 キラキラと輝く星 鈍く光る星 様々な星をかき集めて掌で包み込むように掬い取る 掌から零れ落ちた記憶 憎しみ 愛憎

 それらすべてが救いとなる。

 この作品は星を掬い、人を救う物語。

 ままならない家族関係、人間関係に悩んでいる人に読んで欲しい1冊。読み終わった後、貴方の心の奥底に沈んでいた悩みが消えることを願って。

 

あわせて読みたい本

百花

『百花』
川村元気
文春文庫

 この作品もお腹の底がズーンとなる1冊。もうすぐ父親になる主人公と、年に数回顔を出す実家で一人暮らしをする母親。認知症を発症しどんどん記憶が消えてゆく母親と、忘れていた母との思い出が甦る息子。今、再読出来て良かった。

 

おすすめの小学館文庫

泣きながら、呼んだ人

『泣きながら、呼んだ人』
加藤 元
小学館文庫(電子書籍)

 4組の母と娘を軸に描いた連作短編集。読者が年齢を重ねるごとに味わいが深くなる1冊。登場する男性陣のため息交じりの諦観に、よりシンパシーを感じるのは気のせいですね。

(2021年12月10日)

◎編集者コラム◎ 『最後の審判』ロバート・ベイリー 訳/吉野弘人
【『草筏』など】小説家・外村繁のおすすめ作品