「推してけ! 推してけ!」第14回 ◆『彼女が最後に見たものは』(まさきとしか・著)

「推してけ! 推してけ!」第14回 ◆『彼女が最後に見たものは』(まさきとしか・著)

評者・黒木 瞳 
(女優)

見えているものだけが真実ではない。


『あの日、君は何をした』の『君』の謎を、ひとつひとつ丁寧に解いていく刑事、三ツ矢が再登場の、『彼女が最後に見たものは』を読んだ。まさきとしかなる作家の底力は半端なく、未知なる可能性は果てしなく拡がっていることを改めて実感する。読書好きにはたまらない一冊、『彼女が最後に見たものは』が、二〇二一年冬に生まれた。

 まさきさんの小説は全て読んでいる。『あの日、君は何をした』にしろ、『完璧な母親』『祝福の子供』『熊金家のひとり娘』『きわこのこと』にしろ、物語は違えどまさきさんの小説は、全てのキャラクターたちが表裏一体をなすところに魅力を感じる。愚かさ(純粋)、見栄(野望)、欲望(向上心)、歪んだ思い込み(正しさ)、醜態(自分らしさ)、妬み(羨望)、そうやって人は自分を正当化しようとする。どの小説も、根底に流れているのは、誰もが知る心の美しさと醜さだ。だから、読むと引き寄せられて虜になる。

「彼女が最後に見たもの」を知るために、刑事、三ツ矢は丁寧で地道な捜査をする。丁寧で地道な捜査と言えば聞こえはいいが、彼にはそれしかできないのだ。複雑に絡まった糸をひとつひとつ丁寧に解いていくことで、自分自身のズタズタに切り裂かれた心の傷をひとつひとつ癒やしているかのように私には感じる。それは、彼の過去の切ない体験が、〝分からないからといって分かろうとしなければ、それは永遠に分からないままである〟ことへの抵抗、そしてそれが彼の熱量となり事件解決への糸口へ誘う。

 美しい空を見ても、「僕は騙されないぞ、と思います。ほんとうはきれいな空ではないのではないか、自分は虚構を見せられているのではないか、真実は隠されているのではないか」と言って、見えているものだけが真実ではないということを私に教えてくれる。

 

 話は逸れるが、三ツ矢が発する言葉を聞いて(読んで)いると、最近お目にかかった塩沼大阿闍梨を彷彿させる。修行の中でも最も過酷な大峯千日回峰行(奈良の大峯山の道なき道を一日四十八キロを千日歩く)、そして、四無行(九日間、飲まず食べず寝ず横にならず)を満行させた大阿闍梨だ。このお方のお言葉からは、社会や人や感情を超越した清らかな〝無〟を感じる。その清らかな〝無〟は、苦行の中から生まれたものなのかはご本人のみぞ知るところだけれど、三ツ矢の悲しい過去も、ある意味苦行だったのかもしれないなと私は思う。飛躍した想像ではあるけれど。

 最も感銘を受けた三ツ矢のセリフを記しておこう。

「あなたが生まれてきたときはまわりの人は笑って、あなたは泣いていたでしょう。だからあなたが死ぬときはあなたが笑って、まわりの人が泣くような人生を送りなさい」
「亡くなった人を思っていつまでも泣いているというのは、その人の生ではなく死を見ていることになると思うのです。僕が死んだとしたら、死んだことよりも生きていたことを見てほしいのです」
「母の最期はとても悲しく、むごたらしいものでした。でも、僕は母の人生が幸せだったと思いたい。たとえ、あんな終わり方をしたとしても、生まれてきてよかった、いい人生だった、と思ってほしい。そう願うのはおかしいですか?」

 

 殺された女性が最後に見たものはなんだったのか? を餌に、読者をミステリーという底なし沼へと足を踏み入れさせる。そして、三ツ矢は殺人事件の犯人を追う刑事だ。カテゴリー的には、この小説は推理小説となるだろう。でも、違う。声を大にして私は言う。この小説は、ヒューマンミステリーだ。登場人物たちの深層心理をどこまでも深く掘り下げてそれを地上へと導く。複数の家族が織りなす家庭の事情は人々の生き方が多様化した今だからこその構成に仕上がり、クライマックスでのどんでんのどんでん返しは、人間の持つ滑稽さが人間愛となって成就させてくれる。まさきさんの小説のファンの一人として、『あの日、君は何をした』『彼女が最後に見たものは』に続く第三弾を期待してやまない。

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彼女が最後に見たものは

『彼女が最後に見たものは』
著/まさきとしか


黒木 瞳(くろき・ひとみ)
女優、歌手、映画監督。1981年に宝塚歌劇団に入団し、娘役のトップスターとして活躍後、85年退団。翌年NHK『都の嵐』、映画『化身』で女優デビュー。映画『失楽園』では、日本アカデミー賞最優秀主演女優賞など受賞。エッセイ集、詩集など、他分野でも精力的に活動。

〈「STORY BOX」2021年12月号掲載〉

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