『八月の銀の雪』伊与原 新/著▷「2021年本屋大賞」ノミネート作を担当編集者が全力PR

『八月の銀の雪』伊与原 新/著▷「2021年本屋大賞」ノミネート作を担当編集者が全力PR

「知らなかったこと」に勇気づけられる


『八月の銀の雪』は科学のエッセンスがちりばめられた全5篇の短篇集です。「本屋大賞2021」にノミネートしていただき、本当にありがたく思っています。

 科学というと、「難しそう」と苦手意識をもつ方もいらっしゃるかもしれません。私も超がつくほどの文系なので、そのお気持ちはよくわかりますが、「文系の方でも、科学好きでなくても楽しめます!」と、声を大にしておすすめしたいです(5篇それぞれ異なる科学の分野が書かれていますから、元々科学が好きな方や理系の方にも十分楽しんでいただけると思います)。

 そもそも、科学という以前に「あまり知られていないことのおもしろさについて書かれています」と言った方が、『八月の銀の雪』の魅力をわかっていただきやすいのかもしれません。表題作「八月の銀の雪」では「地球」、「アルノーと檸檬(レモン)」では「鳩」、「海へ還る日」では「鯨」、「玻璃(はり)を拾う」では「珪藻」。その姿や名前は誰でも知っているけれど、深い実態は知らない。そういう「知らないこと」を知ったときの感動に満ち溢れた短篇集なのです。

 大人になるにつけ「知らないこと」に対しては不安になったり、「もっと早く知っているべきだった」と自分の不勉強を恥じたりするようになってきます。

 ところが本書を読んで感じるのは、こんな素敵な「知らないこと」があったんだ! 知ってうれしい! という明るいドキドキ感です。

 冒頭で、「科学好きでなくても楽しめます」ということを書きましたが、一方で本書が描く科学特有のスケールの大きさはぜひ楽しんでいただきたいです。

『八月の銀の雪』伊与原 新/著

 東京大学大学院で博士課程を修められた、元研究者である伊与原新さんによると、地球惑星科学の研究者は、1万年前のことを「最近」と表現することもあるそうです(伊与原さんが大学院時代に主に研究されていたのは27億年前の地磁気とのこと)。

 本作にも、「十万年の西風」という壮大な時間を描く名短篇が収録されています。ある出来事をきっかけに原発の下請け会社を辞めた男が主人公ですが、「現在」と太平洋戦争時という「過去」、そして十万年後の「未来」へ、読む者が想いを馳せることができる奇跡のような一篇です。

「知らないこと」を恐れず、ひとつずつ知って心を動かされるような、出会いのある日々を過ごしたい。大人になってからも「知らないこと」に目を輝かせていたい。そんなふうに素直に思わせてくれる作品です。

 ちょっと疲れているとき、落ち着きたいとき、元気を出したいときに、心にしみわたります。もしよかったら、読んでみてください。

──新潮社 出版部 川上祥子


2021年本屋大賞ノミネート

八月の銀の雪

『八月の銀の雪』
著/伊与原 新
新潮社
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