今月のイチオシ本【デビュー小説】

『コンジュジ』
木崎みつ子

コンジュジ

集英社

 クリープハイプの尾崎世界観が候補になったこともあり、メディアでも派手に報道された第164回芥川賞。下馬評通り、宇佐見りん『推し、燃ゆ』が受賞したが、デビュー作ながら同じ回の候補になったのが、すばる文学賞受賞の本書。題名はポルトガル語で〝配偶者〟の意味(著者によれば、コンタクトと同じく、「コン」にアクセントがあるらしい)。

『推し、燃ゆ』は、生きづらさを抱えた若い女性が男性アイドルを推しつづけることで苛酷な現実からなんとか逃れようとする話だが、実は『コンジュジ』も、まったく同じ構造を持っている。

 ただし、〝推し〟の対象は同時代のアイドルではなく、すでにこの世にいない伝説のロックスター、リアン・ノートン。世界的に有名な(架空の)4人組ロックバンド The Cups のボーカルで、1983年に悲運の死を遂げた。主人公せれなは、11歳の時、たまたまテレビで彼の追悼番組を観て、電撃的に恋に落ちる。

〈写真を見た瞬間、せれなの頭の中で鐘が鳴った。……何故このような珍しい現象が自分の中で起きたのかは説明できない。とにかくこの人をとても美しいと思った。絶対に画面から目を離してはいけないという脳からの指令も受け取った。〉

 この頃、彼女をとりまく環境は苛酷だった。仕事を失い、手首を切った父。我が子の誕生日に家を出た母。やがて父は、新しい〝お母さん〟だと言って外国人のベラさんを連れてくるが、せれなが家事をしてひとりでごはんを食べ、ひとりで起きて小学校へ行く日々は変わらない。そんな時に出会ったリアンがせれなの日常を一変させる。しかし、彼女にはもっとつらい現実が待ち受けていた……。

 せれなが現実と対抗するために築き上げる強固なリアン幻想と、 The Cups をめぐる(架空の)伝記的事実の強固なディテール、せれな自身の現実が渾然一体となり、重いテーマと強烈なキャラクターと黒い笑いを兼ね備えたすばらしくパワフルな小説世界が構築されてゆく。著者は1990年、大阪府生まれ。圧倒的な妄想力と独創的な語りが強烈な印象を残す、衝撃のデビュー長編だ。

(文/大森 望)
〈「STORY BOX」2021年3月号掲載〉

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