物語のつくりかた 第13回 カメントツさん(漫画家)

カメントツさん

 50万部突破のベストセラー、『こぐまのケーキ屋さん』で人気を博す漫画家のカメントツさん。インターネットから飛び出した異能のクリエイターは、どのようなスタンスで創作と向き合っているのか? デビューに至った経緯や、作品づくりの根幹など、仮面の下の素顔に迫る!

 僕はもともと、漫画家を志していたわけではなく、イラストやデザインをやっていきたいと考えていたんです。絵を描くのはずっと好きだったので、試しに漫画を描いてみたこともありましたが、やっぱりすごく大変で、すぐに自分には無理だと痛感しました。

 そこで名古屋造形芸術短期大学(現・名古屋造形大学)を卒業したあとは、職を転々としながら主にデザイン関係の仕事をやっていたのですが、27歳になる頃にはその道もいったん諦め、自動車工場でバンパーを作る仕事に就きました。

 ところが面白いもので、まったく違う仕事をしていると、自然と「漫画を描いてみたいな」と思うようになりました。久々にペンを執ってみると、以前と違って、意外にもちゃんと作品になった。これはたぶん、7年の社会人経験がプラスに働いているのだろうなと、あらためて漫画に取り組むきっかけになりました。

 漫画に本腰を入れようと工場を辞めて上京し、しばらくは貯金を食いつぶしながら作品づくりを続けます。半年ほどして、佐藤秀峰さんがやっている『マンガ on ウェブ』のネーム大賞で準入選に選ばれたものの、内容がシュール過ぎたのか、どこの出版社も手を挙げてくれず、デビューすることはできませんでした。

 この時期はとにかく、どうにか漫画でお金を稼げないかと、いろいろ模索する日々でした。インターネット上で、ちょこちょこ自分の作品を公開するようになったのもこの頃ですね。

ネット公開漫画なら何度でも失敗できる

 そんなある日、取材に来られたライターさんから、「君の作風なら、『オモコロ』というWebメディアが向いているかもしれないよ」と紹介を受けたことが、ひとつの転機になりました。

 すぐに「オモコロ」の編集長に会いに行くと、「君の作品の本質は"トホホ"だ。"トホホ"なルポ漫画を描きなさい」と勧められたのですが、当初はあまりピンと来ていませんでした。それでもやってみる気になったのは、「ネットは紙と違って、何度でも失敗できるよ。なぜなら、失敗作は誰も見ていないからね」と言われたのが大きかった。失敗作をなかったことにできるなんて、クリエイターにとってめちゃくちゃ都合のいい環境ですから。この言葉で、いろんなネタや作風を試してみようという気になりました。

 そうして発表した『カメントツのルポ漫画地獄』の第1回は、ヒプノセラピーという催眠療法を体験する様子を描いたものでしたが、これが大きな反響を得ました。僕、こうした催眠に、異常にかかりやすい体質らしくて(笑)。

 催眠中の記憶はないので、録音していた音声に基づいて原稿を描いたのですが、「インチキじゃないの?」と疑う友人にその音声を聞かせたら、そいつも催眠にかかってしまって……。でも僕は解除する術を知らないので、ヒプノセラピーの先生に電話で解いてもらったのですが、このときは本当に焦りました。

 ともあれ、ルポ漫画が予想以上のアクセスを集めたことは、大きな自信になりました。それまで、自分が面白いと思うことを第三者に理解してもらえた経験がほとんどなかったので、これは自分が間違ってなかったことを実感できた瞬間でもあります。描き手としては、文章も絵も中途半端なレベルだと自覚していますが、それでもその二つがちゃんとハマると、商品になり得るんだ、と。

 こうしてWebでルポ漫画を始めた頃が、金銭的には最も困窮していました。筆の早い人なら、どんどん描けばいいのでしょうが、僕はそうではありません。

 いまでこそネット出身の漫画家が大勢活躍していますが、当時はまだまだ注目度が低く、Webで少々バズったからといって、次々に仕事が舞い込むような状況ではありませんでした。紙の雑誌で描きたいと思っても、プロの漫画家としては認めてもらえず、「持ち込みからやって」と言われてしまうほどでした。世間からすると、デビュー後すぐ『こぐまのケーキ屋さん』がヒットした、順調な漫画家人生だと思われがちですが、実際はまったくそんなことはないんですよ。

 その『こぐまのケーキ屋さん』は、もともと依頼を受けて描いたものではありません。落ち込んでいた友人を励ますために、何の気なしに描いてみたのが始まりでした。それまで描いてきたルポ漫画とタッチが違うのはそのためです。

 これを見た友人がすごく気に入ってくれて、「ネットにあげてみなよ」と言うので、試しにツイッターに投稿してみることにしました。

 ただ、そこで困ったのが、作風の違いです。それまで『ルポ漫画地獄』みたいな"トホホ"なものばかり描いてきた漫画家が、突然こういうものを発表すると読者を戸惑わせてしまうかもしれません。

 そこで第2話は、こぐまが客をズバッと斬って警察に捕まる、「こぐまの刑期」というオチを予定していたんです(笑)。でも、これは公開せず、いまも僕の部屋にしまってあります。なぜなら、1回目の『こぐまのケーキ屋さん』が予想以上にバズって、それまでのルポ漫画の読者数をはるかに上回ってしまったからです。

 なにしろツイッターのフォロワー数が、それまで5万人だったのが、一気に20万人にまで増えましたからね。こうなると、新たについてくれた15万人の読者を裏切ることはできないので、第2話は封印することにしました。

こぐまのケーキ屋さん

一貫するテーマは何者でもない悲しみ

 このときは書籍化の引き合いも多く、最終的に50社ほどにまで達しました。こうして小学館から刊行することになったのは、待ってくれている読者の皆さんに、最も早く作品を届けられる体制を組んでもらえたことが大きかったですね。

 結果的にはこうして2つの作風を並行することになりましたが、ルポ漫画も『こぐまのケーキ屋さん』も、僕の中では根幹は同じなんです。

 僕はずっと生や死、別れに興味があって、自分が何者でもないことへの悲しみをテーマに描いてきました。ルポ漫画にしても、何者かになりたいがゆえにさまざまな対象にぶつかってきたわけです。

 一方、『こぐまのケーキ屋さん』はルポ漫画と違ってフィクションです。僕はこれまでずっと、自分は主役になれるような人間ではないという思いが強く、常に誰か別の人の物語の中で生きてきた感覚が強いんです。だから、作品に登場するこぐまと店員は、僕にとって実在しているのも同然で、初めてのフィクションにも意外なほどスムーズに順応できたのは、そのおかげだと感じています。

 こんなことを言うと、思い込みの激しいヤバい人間だと思われてしまいそうですが、これは子供の頃から変わらない性格かもしれません。幼少期にはよく、ウルトラマンの人形を使って遊んでいましたが、ストーリーが勝手に湧いて出てくるため、自分の意志でその物語を終わらせることができず、苦労していました。母親が「ごはんよ」と呼んでいるのに、「まだバルタン星人が倒せていないから無理!」なんて答えたりして(笑)。創作者としてのルーツは、いまもそこにあるような気がしています。

 ちなみに、こうして仮面をかぶってメディアに出るようになったのは、20代の頃、「2ちゃんねる」にスレッドを立てて、廃墟に突撃する様子をレポートしていたのがきっかけでした。現場の写真をアップしながら、建物の中を1人で進んでいくという遊びでしたが、さすがに顔を晒すのは抵抗があり、大学の卒業制作で作った仮面をつけるようになったんです。

 そのうちユーザーから「仮面で突撃」と呼ばれるようになり、やがて「仮面凸」と転じて現在のペンネームに至ります。そういう自分の中にある探究心は、漫画家となったいまも、原動力として生きていると感じています。

(構成/友清 哲 撮影/黒石あみ)

カメントツ(かめんとつ)
1986年愛知県生まれ。名古屋造形芸術短期大学(現・名古屋造形大学)卒。2013年よりフリーのイラストレーターとして活動開始。14年、マンガ on ウェブの「第6回ネーム大賞」で準入選、漫画家として活動開始。Webメディア「オモコロ」でのルポ漫画、エッセイ漫画で人気を博す。17年、Twitterで公開した『こぐまのケーキ屋さん』が大ヒットし、わずか6日後に書籍化が決定。18年、京都精華大学マンガ学部新世代マンガコース非常勤講師に就任。

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Q&A

1.夜型? 朝型?
僕は1日の周期が約26時間なので、どちらとも言えないんです。毎日2時間ずつズレていってる感じで、タイミングによって朝型でもあり夜型でもあります。

2.お酒は飲みますか?
少し飲みます。最近は日本酒が美味しいですね。

3.犬派? 猫派?
これは難しい。犬と猫って対になっているわけではなく、まったく別の生き物ですからね。強いて挙げるなら、ハダカデバネズミが好きです。

4.仕事上の必需品は?
ラジオは必ず聴いています。ネームを終えて作画に入ると脳が暇なので。

5.ストレス解消法は?
ストレスはあえて解消しないようにしているかもしれません。フラストレーションもまた、作品を創る上では大切なので。もっとも、もともとあまりストレスを溜めるタイプではないのですが。

6.ライバルとして意識するのは誰?
凸ノ高秀先生。同時期に「オモコロ」で漫画家デビューした戦友です。ジャンルは違えど切磋琢磨できるライバルがいてくれたのは、ものすごく幸運だと思います。

7.影響を受けた漫画家は?
あとから気づいたのですが、トーベ・ヤンソンですね。カケアミの濃淡など、自分でも影響を感じます。

8.影響を受けた映画は?
『リング』と『キャビン』。

9.もし漫画家になっていなければ、いま何をしていたと思いますか?
おそらくいまも工場で車のバンパーを作っていたのではないでしょうか。


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要チェック!
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〈「STORY BOX」2019年4月号掲載〉
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