忘れてはいけない「平成」の記憶(7)/山本義隆『福島原発事故をめぐって』
平成日本に生きた者として、忘れてはならない出来事を振り返る特別企画。
2011年3月に起こった福島原発事故。マスコミは騒ぎ立て、関連書が続々と世にあらわれました。それらがたいてい触れなかった、原発開発の深層にあたるものをはっきりと述べた、ちいさな書を池内紀が紹介します。
【ポスト・ブック・レビュー この人に訊け! 新年スペシャル】
池内紀【ドイツ文学者・エッセイスト】
福島原発事故をめぐって
山本義隆 著
みすず書房
1000円+税
【福島原発事故】外交力の裏付けとしての核武装選択の可能性
二〇一一年三月。いいようのない事件が起きた。福島原発の事故である。政府発表があいつぎ、マスコミが騒ぎ立てた。ドッと「専門家」があらわれて、ありとあらゆる意見を述べた。
騒ぎが一応のしずまりを見たころ、ちいさな本があらわれた。本文は註を含めてちょうど一〇〇ページ。まっ白な紙に文字があるだけ。写真類は一切なし。
著者は東大理学部の大学院のとき、医学部に端を発した東大闘争に遭遇。リーダーに
大事故のあと、続々と「関連書」が世にあらわれた。それらがたいてい触れなかった、原発開発の深層にあたるもの。「日本の外交力の裏づけとして、核武装選択の可能性」があったということ。原発を稼動させることで原爆の材料となるプルトニウムを作り続け、ウラン濃縮技術をそなえ、さらに人工衛星の打ち上げに成功。原発が産業経済のワクをこえて、外交、安全保障政策の中に組み込まれていたからこそ、地震大国の特性に目をつむり、五十数基も作り続けたのではなかったか。
副題にあるとおり、著者は「いくつか学び考えたこと」を述べた。類書のように、どこやらへの政治的留保や
科学史家は「国家主導科学」の実態を、ひとしお鋭く見つめてきた。それは何万年も毒性を失わない大量の廃棄物を生み出しつづけ、たとえ廃炉にしても、事故の跡地はもとより、その近辺は人間の生活を拒みつづける。
その後の政・官・財の暗黙の成り行きも正確に予告されている。難問はすべて先送り。さしあたりの存続と再稼動が目下の急務となるということ。国民には、とっくに忘却がゆきわたっている。オリンピックや万博の目くらましのなかで、途方もない「子孫に対する犯罪」に手をかしている。
(週刊ポスト 2019.1.4 年末年始スーパーゴージャス合併号より)
初出:P+D MAGAZINE(2019/04/02)